2011/12池袋スタジオノア piano:YAMAHA
どもうpeloです^^
皆様お元気でしょうか?
最近、ショパンの最後のピアノの大作である
「幻想ポロネーズ」を深く深く愛している人に
会って触発されまくってしまい。
大学生時代以来弾きまくっていました。
この曲は、恋人ジョルジュ・サンドとの別れ、
そして肺病の悪化に苦しむ中作られたと言われております。最後の大曲です。この曲の後3年ほどで
39の若さでお亡くなりしています。
フランツ・リストから
この痛ましい幻影は芸術の域を超えている
(ショパン気が狂ったのではないか?)
という批評もあり、
演奏者によっては大体2分程の開きが有り、
解釈の違いたるものは特別に
この曲は凄まじいです。
(なのでアップロードは腹をくくって覚悟の上でw)
池袋noahで録音しております。
ホールではないので、
反響ゼロでそしてピアノが近すぎます><)
今年亡くなった祖母の為に弾きました。
天国でyoutubeが見れてるといいのですが・・・
以下ウィキベディア
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この曲は実に苦痛の中で作曲され、ジョルジュ・サンドとの決裂と肺病の悪化がこの曲の背景と言われている。確かにこの曲想は彼独特の美しさが飛び交うのだが、その先は非常に自虐的で襲い掛かる苦痛の中から無気力的に避けようとする動機が所々現れる為、実に悲しく聞こえる。作曲者が自らの生涯を回顧した際に抱いたであろう様々な情痕を曲に顕わしたようでもあり、幻想的に何か燃え尽きる魂が倒れる寸前の最後の光と言える凄まじい己の戦いの様なものがある。しかしそれが他の作曲者と違い、後半の戻ってくる全奏での主題のメロディーは、どこか転げまわる様な狂気と耐えられない現実に幻の中で狂喜しているかのようにも聞こえ、調性は未だに研究家たちの課題と言われるほど芸術的である。最後の最後で打ち切られるかのように音程は下降し、まさに今そこで力尽き、全てを紛失してしまうかのような情景をこれでもかと譜面上に表しているかのようでもある。作曲者の辞世の句ならぬ「辞世の詩」のようですらある。
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