扉の向こうへ | peroの根無し放浪渡世日記

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バックパッカーで旅仲間からはperoと呼ばれています。金融業➡︎探偵➡︎通信関係➡︎エセ小説家。東京に単身移転後16年余り暮らし、2022年6月に故郷・和歌山へ。妻が他界して8年以上も経つのにまだ生きている。藤井弘司としての著書が数冊有り、密かに文学賞を狙ってます(笑)

友人が今日赴任先のフィリピンへ🇵🇭発った。🛫

旅に出たのではなく、とりあえず2年の契約で某現地企業の日本語教師としてである。

海外で暮らすということは、それまでの日本での暮らしとはあらゆることが変わる。

大変だと思うけど楽しみながら頑張ってほしい。🙂

僕も4ヶ月近く海外で暮らしたことがある。

ラオスのサワンナケートのメコン川、対岸はタイのムクダハーン


いつもお世話になっているSara tongyon ゲストハウス



シングル、ファン、ホットシャワーで一泊千円ほど



ちょうど5年前のリハビリ旅だったのだが、旅ではなく、意識的に何もしない日常だったけど、それは間違いなく暮らしだった。

滞在先のチェンマイやサワンナケートでは日本語を話さない日が続いたこともあった。

日本人が滞在先にいないと日本語を話す機会は無い、当たり前のことだけど、それが海外での暮らしである。

チェンマイのサンティタムのお粥屋台、ほぼ毎日、座ったら何も言わなくても卵入りお粥が出てくる(笑) 娘さんが土曜日は手伝っていました


20バーツ、70円程



バニラゲストハウスの部屋のベランダからのサンティタムの眺め




サンティタムのバイク百景🛵😊




バンコクではほとんど毎日のように日本語を話していたけどね。(笑)

フィリピンに赴任した彼は僕よりひと回り程度年下で、今回が劇的な生活の変化のラストチャンスだと言っていた。

何かを大きく変えるには環境の変化が必要、この言葉は僕の長編小説にたびたび出てくるのだが、劇的な変化に飛び込むにはそれなりの大きな決断が必要である。

でも、僕は16年前の3月に、家族4人の大阪での暮らしから東京に単身出てきた際は、深く考えず大きな決断も無かった。

そしてこの有様だ笑い泣き

でも僕も彼ほどの大きな決断ではないが、ようやく様々な思い入れを整理して、いくつかは捨てて、新たな生活に飛び込もうと決めた。

僕のような年齢になってしまうと不安は無い、でもワクワク感も全く無い😆

淡々と死への扉に🚪向かって日々を消化していくだけである。

おやすみなさい😴、友人は無事にフィリピンに着いたかな❓🤔