レンガ通り PartⅡ | peroの根無し放浪渡世日記

peroの根無し放浪渡世日記

バックパッカーで旅仲間からはperoと呼ばれています。金融業➡︎探偵➡︎通信関係➡︎エセ小説家。東京に単身移転後16年余り暮らし、2022年6月に故郷・和歌山へ。妻が他界して8年以上も経つのにまだ生きている。藤井弘司としての著書が数冊有り、密かに文学賞を狙ってます(笑)

こんばんは~、仕事のあとチョイと水道橋の超高級割烹鶏料理の焼セン(焼き鳥センター)に同僚と寄って、今帰ってきました。(単なる焼鳥屋ですが)

 

某出版社から、僕の長編小説を秋には出版をというお話をいただきながらも、登場人物をひとり減らさないといけないかも知れないことで(編集さんの所見です)、原稿を読み返しているうちに、返事をする期限が明日になってしまいましたが、どうしようかなぁ。

 

この人物を物語から削除すると、僕のこの小説へのテーマがかなり違ってくるので、明日の午前中まで沈思黙考しようと思います。

 

と言いながら、今夜もこれから部屋飲みをするんだけどね、アホですね、まったく。

 

今日仕事のあと飲んだ同僚の方は僕より一つ年上で、お嬢様三人はすでに嫁ぎ、奥様と円満な二人暮らし、正月には三人のお嬢様家族が家に年始に集まるという、幸せな晩年を絵に描いたような人です。

 

「藤井さんは息子さんたちに週に一度くらいは電話やメールをされてるんですか」って訊かれた。

 

「いえいえ、Lineもメールも数か月に一度ですよ、返事が来るのもたまにです」

 

「ではお会いされていないのですか?」

 

「もうかれこれ三年余り二人の息子に会っていませんね」

 

「それはいけませんね、会いたくないんですか?」

 

焼センのウオッカハイボールをあおりながらこんな会話、会いたいに決まっているが、親たるものは感情のままに息子たちに会いたいなんて言ってはダメだと思うんですよね。

 

仏陀の教えに背くことになるからね。

 

仏陀(ゴータマシッダルタ)はこういうふうに仰せられてます。

 

「自分が自分のものでないのに、どうして子供が自分のものであろうか?」と。

 

五日、いや、いつか時期が来るでしょう。

 

明日は休みだ、赤羽だ!


画像は仕事前と仕事オフの職場からの眺めと、焼センの料理









 

 名曲❗️、悲しい