今日は探偵調査会社を退職した日 | peroの根無し放浪渡世日記

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バックパッカーで旅仲間からはperoと呼ばれています。金融業➡︎探偵➡︎通信関係➡︎エセ小説家。東京に単身移転後16年余り暮らし、2022年6月に故郷・和歌山へ。妻が他界して8年以上も経つのにまだ生きている。藤井弘司としての著書が数冊有り、密かに文学賞を狙ってます(笑)

こんばんは~、寒くて嫌になりますね、暑い国へ行きたいなぁ。

 

毎回同じことを言うな!って?

 

そやけど寒いでんがな、まんがな、でっしゃろ、まっしゃろ!

 

十四年前の今日は、探偵調査会社を退職した日だ。(突然話は変わるが)

 

退職に至った経緯はいろいろとあったのだけど、十一年ほどお世話になって、送別会は担当の部長とふたりだけ、理由は推して知るべしですねって、下手を打ったわけではありませんよ!

 

つまり、守秘義務があるのが探偵調査会社なのに、「探偵手帳」という本が出版されてしまうことになったからですな、仕方がなかったんです、そうだったんです。

 

待遇面では、家賃等をすべて会社負担でJR天満駅近くのマンションに住まわせてもらったし、良くしてもらった、特に担当の部長には感謝しています、今もお元気だといいんだけど。

 

部長のおかげで、日本全国津々浦々を調査に周らせてもらった。

 

「藤井君、悪いけど沖縄、三日間で七か所、周って来てくれるかな」

 

「申し訳ないが、日帰りで青森に行ってくれるかな。そして翌日、愛媛の新居浜へ!」

 

「すまんが長崎で一日調査してから、佐賀の呼子からフェリーで壱岐へ渡ってくれるかな」

 

「奄美大島日帰りの調査なんや。泊は無理やねん、翌日別の現場があるんや」

 

「北海道の道東、牧場の調査と所在調査を三日間でできるか?」

 

「大阪南港からカーフェリーで宮崎へ渡って、鹿児島、熊本、大分、福岡と三件分の調査を四日間で出来へんかな?」

 

「愛媛の今治の結婚調査のあと、八幡浜からフェリーで大分の別府へ渡って所在調査、そのあと福岡の八女市でゆっくり八女茶でも飲んで、何て言うはずもなく、柳川で別の結婚調査を三日間で!(この調査は拙著・探偵手帳2に載せてますわ)」

 

こんなふうな激務ばっかりやったな。

 

休みも少なかったけど、仕事は好きだったし、苦になるどころか楽しくやらせてもらったね。

 

そんな中でも、年に二度ほど、一週間か十日ほどのアジアの旅は許してもらったから、当時から我儘ばっかり言っていたんだなぁ。

 

良く許してくれたよね、ホンマに。

 

辞めてから十四年が経過するが、すっかり大昔だったような気がするのは、僕の体力が著しく落ちてしまったからかな?

 

当時と変わってしまったのは、体力以外には毛髪がスッカラカンになってしまったことと(スキンヘッドだけどね)、家族の状況だね。

 

今夜は懐かしき楽しき充実していた探偵調査会社を辞めた記念日でした。