※名作すぎて今更ですがネタバレありです。
午前10時の映画祭で観てきました✨
こちら4回目くらいの鑑賞だと思います。
最初大学生くらいの時に家で見た時は「意味分からん」と思いました。
うちの母はモノリスを「羊羹」と呼ぶのですが、あの「羊羹」は不気味…とだけ思いました。
↑「羊羹」よりはシャー芯(シャーペンの芯)のケースに見えるかも?
2回目は午前10時の映画祭で観て、この時もやっぱり意味が分からず盛大に居眠りしました。
3回目も午前10時の映画祭で見ました。
2回見ても意味不明だったのに3回目見たのは、意味不明ではあるものの嫌いではなかったのと、私はシャイニングが昔から大好きだったので、同じキューブリック監督の映画なのできっと良い映画に違いないという思いがあったからです。
3回も見たのが功をなし、3回目でようやく「この映画楽しいかも」と思うことができました。
映画館の座席に身を沈めながら、壮大な映像を眺め、奇妙な環境音やクラシック音楽を浴びると、自分も宇宙旅行しているような気分になれると思いました。
「この映画は見るのではなく、体験する映画なんだ!」と思ったのを覚えています。
そして4回目の今回。
今回はオープニングの地球と太陽、タイトルのフォントや文字が出るタイミングなど…諸々が完璧で初っ端から心奪われました。
タイトル画面を見るだけでも、映画館に来て良かったと思いました。
タイトルの次の猿のシーンは、前回までは「猿のシーンいらん」と思っていました。
猿はうるさくて醜くいから見たくない。せっかく他の映像が美しいのに、猿のせいで台無し、と思っていました。
でも、今回は猿のシーンは絶対必要と思いました。
猿のシーンは人類の進化を描く上で必要、と前から分かってはいたんですが、なんせこの猿のシーンだけが異様に醜くて、映画内で浮いていると思っていました。
でも、この醜さこそが重要なんだと思いました。
そもそも人間は愚かで醜い存在ですが、祖先の猿がこのように醜悪だから、お前らはどう足掻いても醜い存在なんだよ、というメッセージに思えました。
2001年の人類は清潔で、身なりも綺麗で一見すると知性に溢れていますが、実際にはいつも判断を間違え、感情的になり、敵は殺し、食べ物を食べないと生きていけません。
その前提を忘れないためにも、このシーンで醜い祖先を描いたのかなと思いました。
あと、今回観て「かなりホラー」と思いました。
モノリスやHALが不気味とは思っていましたが、なんせHALによる殺人が余りにも静かに執行されるので、昔はこんなに怖いとは思わず、「ねむい…」と思いながら見ていました。
ちゃんと集中して見ると、こんなにも怖い殺人のシーンって無いかも…と思いました。
宇宙に投げ出された乗組員を助けに行き、遠目でも死んでいると分かるのですが、小型の機体で遺体をキャッチした時にはっきり死んでいると実感し、ここで初めて主人公の目に感情が浮かぶのがめちゃくちゃ胸にきました。
ずっと映画全体が感情を排除した描き方だったからこそ、このシーンでの目の演技が生きるし、その後のHALへの復讐劇がただメモリーを抜くという、動作としてはめちゃくちゃ地味なものにも関わらず、映画のクライマックスとしてしっかり盛り上がるんだなと思いました。
私はキューブリック監督の映画はシャイニングが大好きですが、2001年宇宙の旅も同じくらい好きになってきました✨
たまにこの映画を初見から大好きという人もいますが、凄い感性しているなと思います。
