9月最終日にとあるテレビ局にて
沿線の名所として地元の神社がでた
がしかし間違いが…。
ナレーションで江戸中期に建てられたと。
実際創建年代不明くらい古いんだ❗
まず16菊花紋があるのでそこを
地元のヒトが南北朝時代に南朝に貢献
そのためいただいたものと。
これは正解だ。ということは
南北朝時代には既にあったことになる。
もち江戸時代より前よ❗
とまあこんな具合でせっかく全国放送に
でたのにあららなことになってたわけ。
私が詳しいということは知られていない
もうそれは皆無状態(笑)
でも本当はすごく由緒ある神社で
元々の名前はわからないけど
というのは修験道の時代があって
後に修験道は廃止命令がでたのさ
その時にそこからのつながりで
長野?の飯綱と狐に乗るという
修験道の内容から神社となったときに
お稲荷として有名なウカノミタマ様を
主祭神とした神社になったからなのだ。
だからおそらく修験道のときに飯綱という
名前にいたったがそれ以前も神社として
そこにあったはずなのだ。
残念なことに宮司家は絶え資料も不明とのこと。
中には盗まれて今はないものも多々あるらしい
そこらからしたらそれなりに素晴らしい
歴史のある神社だったに違いない
地元の人も知ってる人はといわれ紹介
されてるんだからもう少し修験道のことなど
までは把握してもらいたいものだ❗
どこまでわかるかわからないが私もこの
素晴らしい歴史を忘れ去られないよう
探求はしてみようと思う。