(*「舞台 不毛会議」の感想やらネタバレやらを含みますので、知りたくない方は回避してくださいませ
)
こんばんは~
不毛会議終わりましたね~
(かなり今更ですが
)
今回かなりのチケットを取ってしまい、最終的には2枚お譲りしたのですが、いや~観れば観るほど面白い舞台でしたね
無駄なものが削ぎ落とされ、シンプルであるが故に、色んな解釈が出来たりして、楽日から三日経った今でもあれやこれやと色々考えてしまいます
まずは設定を「第二次大戦中の日本」ではなく、あえて「某国」としたところに、「戦争」という人類の普遍的なテーマとして扱いたかったのかな…とか、これはこの先日本でも決して起こる可能性はゼロではない状況を描きたかったのかな…とか。
モンパチの「神様」という歌の歌詞に「猿の成れの果て 歩いたと思ったら戦争ばっかりしててさ」というのがありますが、戦争は先の大戦だけじゃないですからね。
そして、この「某国」という設定のお陰で、職業ものによくある、「本当はこんなんじゃない」という固定概念からも解放されますからね、うまいなぁ…と思いました。
主人公の山本くん(なぜかマオ君演じる新村君だけが「龍之介さん」と呼んでますが)、彼が現代の我々の感覚を一番現していた気がします。荒畑中尉が生きて帰って来て「嬉しかった」とか、死ぬのが怖い荒畑に対して「怖くたっていいじゃないですか」とか…そして、普通に恋して生き残りたい…とか、現代の私たちにとっては普通の感覚です。
だけど、戦争という国全体が狂気に向かっている時には、逆にその感覚が罪であり、それ故に迎えてしまう最後の悲劇。
そして、他の登場人物は、戦時下という環境に順応しているようでいながら、それぞれどこか破綻していた気がします。大ちゃん演じる荒畑中尉も「戦いの神」とまで言われたのに、その普通の人間なら持ち合わせているであろう「死への恐怖」に戸惑って、苦しんでいる。「怖くたっていいじゃないですか」まさに山本くんのセリフの通りの言葉をかけてあげたい衝動に駆られます。
彼が出征前夜に「てるてる坊主」を山本に託したのはなぜか…なぜ「てるてる坊主」だったのか…
彼は、その普通の人間なら持ち合わせていて当然な弱さ故に、本当は雨が降って出撃が中止になることを心の奥では期待していたのかな…とか、山本くんに「お前は雨男だから来るな」というのも、本当は来て雨を降らせて欲しかったのかな…とか、色々考えてしまいます。
死ぬことに対して潔いようなことを言っていた徳川少尉(玉ちゃん)だって、いざ出陣となったら、どんな心境になるかなんて、分かりません。
そして、マオ君演じる、新村君。死ぬ気で勉強して帝大に入り、その頭脳を活かして、話の要となる「戦略」を立てます。
で、散々荒畑中尉が生きて帰って来たことよって巻き起こるドタバタの最中、「あのぉ…」と手を上げて、某然とする荒畑中尉の前に歩み出て、何を言い出すのかと思いきや、「中尉が生きていた場合、僕の戦略はどうなっちゃうんでしょうかね」と言い出すんです。当然、他の隊員からも「貴様ぁ~」とか、「お前、この期に及んで、自分の戦略を気にするのか⁉」と非難轟々なんですが…ずっと、この新村君のセリフが違和感だったのですが…大楽にして、ようやくストンと落ちました。
大楽の時に座っていた私の席から見えたんです。「僕の戦略はどうなっちゃうんですかね~」と言う新村君が笑っていたのを…。そこで「あぁ、この子も正気の沙汰ではないんだ…」と妙に納得しました。で、「お前、自分の戦略を気にするのか⁉」と鬼頭さんに掴みかかられた時、辛そうに顔を歪めて泣いていたんです。なるほどぉ~、彼にとって「戦いの神」であった荒畑中尉の、戦いの先に見てしまった絶望を目の当たりにして、もうすがるものは「戦略」しかなかったのか…
舞台挨拶でも、マオ君が「現代の若者は…」と言って、隣の大ちゃんにも「お前、いくつだよ」と突っ込まれてましたが、でもまさに戦争となると、マオ君の年齢の若者たちが、あらゆる大義名分の元に担ぎ出されるんですもんね。なんか、そんな狂気や虚しさや馬鹿馬鹿しさを見事に描いていた作品だと思いました。
…と、ツラツラと不毛会議について、あれやこれやと考えたことをとりとめもなく書きましたが、今はとにかく映画が楽しみです
あっ、でもその前にワンプリ2ですね
よーし、楽しむぞぉー
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)こんばんは~

不毛会議終わりましたね~
(かなり今更ですが
)今回かなりのチケットを取ってしまい、最終的には2枚お譲りしたのですが、いや~観れば観るほど面白い舞台でしたね

無駄なものが削ぎ落とされ、シンプルであるが故に、色んな解釈が出来たりして、楽日から三日経った今でもあれやこれやと色々考えてしまいます

まずは設定を「第二次大戦中の日本」ではなく、あえて「某国」としたところに、「戦争」という人類の普遍的なテーマとして扱いたかったのかな…とか、これはこの先日本でも決して起こる可能性はゼロではない状況を描きたかったのかな…とか。
モンパチの「神様」という歌の歌詞に「猿の成れの果て 歩いたと思ったら戦争ばっかりしててさ」というのがありますが、戦争は先の大戦だけじゃないですからね。
そして、この「某国」という設定のお陰で、職業ものによくある、「本当はこんなんじゃない」という固定概念からも解放されますからね、うまいなぁ…と思いました。
主人公の山本くん(なぜかマオ君演じる新村君だけが「龍之介さん」と呼んでますが)、彼が現代の我々の感覚を一番現していた気がします。荒畑中尉が生きて帰って来て「嬉しかった」とか、死ぬのが怖い荒畑に対して「怖くたっていいじゃないですか」とか…そして、普通に恋して生き残りたい…とか、現代の私たちにとっては普通の感覚です。
だけど、戦争という国全体が狂気に向かっている時には、逆にその感覚が罪であり、それ故に迎えてしまう最後の悲劇。
そして、他の登場人物は、戦時下という環境に順応しているようでいながら、それぞれどこか破綻していた気がします。大ちゃん演じる荒畑中尉も「戦いの神」とまで言われたのに、その普通の人間なら持ち合わせているであろう「死への恐怖」に戸惑って、苦しんでいる。「怖くたっていいじゃないですか」まさに山本くんのセリフの通りの言葉をかけてあげたい衝動に駆られます。
彼が出征前夜に「てるてる坊主」を山本に託したのはなぜか…なぜ「てるてる坊主」だったのか…
彼は、その普通の人間なら持ち合わせていて当然な弱さ故に、本当は雨が降って出撃が中止になることを心の奥では期待していたのかな…とか、山本くんに「お前は雨男だから来るな」というのも、本当は来て雨を降らせて欲しかったのかな…とか、色々考えてしまいます。
死ぬことに対して潔いようなことを言っていた徳川少尉(玉ちゃん)だって、いざ出陣となったら、どんな心境になるかなんて、分かりません。
そして、マオ君演じる、新村君。死ぬ気で勉強して帝大に入り、その頭脳を活かして、話の要となる「戦略」を立てます。
で、散々荒畑中尉が生きて帰って来たことよって巻き起こるドタバタの最中、「あのぉ…」と手を上げて、某然とする荒畑中尉の前に歩み出て、何を言い出すのかと思いきや、「中尉が生きていた場合、僕の戦略はどうなっちゃうんでしょうかね」と言い出すんです。当然、他の隊員からも「貴様ぁ~」とか、「お前、この期に及んで、自分の戦略を気にするのか⁉」と非難轟々なんですが…ずっと、この新村君のセリフが違和感だったのですが…大楽にして、ようやくストンと落ちました。
大楽の時に座っていた私の席から見えたんです。「僕の戦略はどうなっちゃうんですかね~」と言う新村君が笑っていたのを…。そこで「あぁ、この子も正気の沙汰ではないんだ…」と妙に納得しました。で、「お前、自分の戦略を気にするのか⁉」と鬼頭さんに掴みかかられた時、辛そうに顔を歪めて泣いていたんです。なるほどぉ~、彼にとって「戦いの神」であった荒畑中尉の、戦いの先に見てしまった絶望を目の当たりにして、もうすがるものは「戦略」しかなかったのか…
舞台挨拶でも、マオ君が「現代の若者は…」と言って、隣の大ちゃんにも「お前、いくつだよ」と突っ込まれてましたが、でもまさに戦争となると、マオ君の年齢の若者たちが、あらゆる大義名分の元に担ぎ出されるんですもんね。なんか、そんな狂気や虚しさや馬鹿馬鹿しさを見事に描いていた作品だと思いました。
…と、ツラツラと不毛会議について、あれやこれやと考えたことをとりとめもなく書きましたが、今はとにかく映画が楽しみです

あっ、でもその前にワンプリ2ですね

よーし、楽しむぞぉー

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