「業」とは、「行為の結果として未来に影響を与える力」サンスクリット語で「カルマ」を意味するとされ、つまり、過去や現在の行いが、未来の運命を形作るという考え方とあります
「業捨」や「カルマ解消」などと言ったりするので、セラピストとして活動する前は何となくネガティブなイメージを持っていました
お身体に触れさせてもらっていると、軽く触れただけでもものすごい痛みが出てきたり、肌の色が変化したり、様々なにおいが空間に現れたり、何らかの「業」と関係していると感じる反応を目にします
それは抱えている「業」よる反応だと思っていますが、業の深さや種類により痛みの強さやにおいの種類などの違いが生じているように思います
「業」は血流やリンパなど身体の液と結びつきやすいように感じます
流れているものが滞り、肉体的な不調をお知らせしてくれる痛みやにおいなどに現れます
「業」の中でも肉体に不調和をもたらしている「業」を調和に戻そうとする働きは、本来は備わっているのかもしれませんが深みにハマるような不調和を与えてられている昨今、自力脱出はなかなかハードルが高いかも
また、たとえ「業」が世の中で善とされる行いであっても、自身と乖離している場合の業は不調和となるので、無理をして自身を押しころして頑張っている場合は「業」が深くなるように感じます
もちろん悪とされる行いを重ねている人も業は深いと思います
これまで、施術によるあり得ない痛みが起きるのは何故だろうと探ってきました
そして、それはセラピストにより反応も作用も異なる
以前より、それは「業」の深さへの対応範囲によるもの、オーラの大きさや軸の太さなどだと感じてきましたが、最近はよりそれを強く感じます
そして「業」は意識を持っていることも
不調が起きると何か原因を探りたくなりますが、自分の業で自分を攻撃していることもあるんだろうなぁ
よく言う「もらいやすい人」なんかも他者の業で自分の業を相殺しているのかもしれません
そう思ったらすべての人に「ありがとう」なのです
気づきを与えてくれるのは他者があってこそ
一人の時間と人と触れ合う時間、どちらもたいせつなひと時です

