イスラム教地域での雑穀粥アシュレ
アシュレっていう、ノアの箱舟にちなんだ甘い雑穀粥があるのです。
Ashuraというアラビア語で10をあらわす言葉で、イスラム歴の1月10日にあたる日から晦日に作って配るのだそう。今年は10月がそれにあたるらしい。
大鍋で作って振る舞われたりしている様子。
ノアの箱舟がアララト山に漂着した後に雑穀をかき集めて作られたものだと言われているけれど、イスラム歴1月に宮廷で振る舞うようになったのは15世紀ごろのようです。
私が先日古代料理イベントをした学校はキリスト教教育の大学だったのだけど先生方(皆キリスト教者)はノアの箱舟のお菓子アシュレはご存じなかった。アシュレはアラビア語だからでしょうけれど、雑穀粥も西欧州キリスト教にはないようなのです。
こんな簡単ミックスもあるので作ってみました。
東方教会地域では聖バルバラという雑穀粥
ではキリスト教世界にはないのかというと、東方教会にはあるのです。聖バルバラの日 12月4日に提供される 聖バルバラという雑穀粥が全く同じもの。バルカン半島ではキリスト教徒とイスラム教徒が同じ町で住んでいた時代があり、お互いに配って食していたのだそうです。
聖バルバラっていうのは誰かというと 現トルコの昔二コメディアと呼ばれていた現イズミット(自動車関連の企業が沢山ある)に3世紀の裕福な家の娘さんで、お父さんが塔に閉じ込め、2つあった窓を三個にしたら、三位一体を唱えたといって娘を殺してしまったという、、、難解な伝説があります。
これが意外にも美味しいんです。
当時はキリスト教は禁止されていた頃で、その後325年にイズミットの隣のプルシャ(現ブルサ)のイズニックという街でニケア公会議で三位一体が唱えられ、キリスト教も国教になりました。
三位一体説を普及させるためバルバラを無理やり聖人にして、昔からあった雑穀粥を聖バルバラ粥としてキリスト教を広めたのだと思われるのです。三位一体説は東方教会が主流ですから、三位一体の広がっている東方教会地域には聖バルバラ粥はあるけれど、西のカトリック地域には見かけないのかもしれません。カトリックでは聖バルバラは近年聖人から降ろされてしまったようです。
宗教は、今まであるものに宗教的なものをつけて布教材料にするので、15世紀にオスマン帝国になってから、もともとビザンチン帝国のキリスト教の習慣をイスラム教風にかえたのでしょう。
キリスト教より前は?
しかし、この雑穀粥、ノアにルーツがあるというくらいですからキリスト教時代にこれが急に現れたとも思えません。同じ創世記を使うユダヤ教にありそうですが見つかりません。
砂糖以前の甘味は?
聖バルバラの粥には、天然痘の為とか、子供の為という記述を見かけます。甘い果物を入れた甘い粥を食べるキリスト教以前の宗教的祝日があったのではないかと思うのです。当時は砂糖は流通してないので、当時の甘味は蜂蜜で高価で庶民の食べ物ではありません。なので貴重な乾燥果物を入れ、雑穀とくに麦のアミラーゼを使って、ゆっくり大鍋で煮て麦芽糖を作り出して甘味を出していた可能性があります。
ギリシャとトルコの伝統的なレシピに共通してあるのは麦を前日から水を吸わせて一度煮たてて止めて一晩おくとあるので、麦アミラーゼによる麦芽糖を作らせて甘くさせる工程が母親の知恵としてあったのではないかと思います。
十文字装飾の謎
宗教の方は、ユダヤというよりもペルシャから小アジアに起源があるというミトラ教に何か似た習慣があったのかもしれません。それを示す文献がないので今はわかりません。
この飾りの十字マークの意味は誰も説明ができません。
この地域に(東方教会でもイスラム教でもペルシャ地域でも)こういう粥やプティングの飾りの習慣の中に残る十字のマークが、その名残なのかもしれません。いずれにせよ、ノアが本当にいて今でもそれが繋がっているとしたら、そんな素敵なことってないと思うのです。
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