☆世界を変える、世界は変わる☆
~究極コミュニケーション論~
リアルプレゼント 第14回
【いじめなどに絶対負けない知恵と技術】
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「リアルプレゼント」とは、私たちの世界を変えたい人の、つまり本当の現実を生きるあなたのための贈り物。
この究極のコミュニケーション力に通じた人なら、世界を変えられる。
もうあなたはひとりではありません。
例えひとりでも、世界に向かって戦える!!
これからは、何をすれば良いか悩まなくて済みます。リアルプレゼントが本当の現実の考え方を教えてくれます。
関わっても意味の無いいじめなどを苦にする時間も、もういりません。
そして、そうなってもらうために、究極のコミュニケーション力を伝えたい。
これは、きれいごとや気やすめに終わる類のメッセージではなく本当にあなたを救う、現実の贈り物。
それが究極コミュニケーションを伝えるリアルプレゼントです。
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問題解決は主体性の目覚めにより
いじめなど、当事者の受けている感覚が被害の実態を示す主観的な基準が問題の根幹になるものは、やはりいじめなど、の被害を受けている者が、現に「どう思っているか」が、ことの判断には重要になって来ます。
これは、客観的な定義だけで外側から判定することは難しいという、主観的な感じ方の問題の本質がある為です。
その為、海外のいじめ認定の基準では、客観的基準だけでなく、主観的な被害意識に着目して、ようはバトンを被害を受けた人の側に回すことで、現に被害があるのかを判断するという、被害者からの視点の導入によって、この難しいいじめ判定の乗り越えられそうもない壁に強烈なドリルを打ち込みました。
そう、はたから見ていて、いじめがあるかどうかわからないのなら、いじめを受けている本人の話しからいじめを判定して行くわけです。
こうした海外の動きもあって、日本のいじめ判定の基準も、当事者の主観的な被害意識に焦点を当てたいじめ判定の基準へと変わって来ました。
文部科学省が導入した最新のいじめの定義でも、当事者の主観のあり方に重点を置いた変更がなされているようです。
ただ、主観の感じ方を基準にすればいいと言っても、当事者自身の訴えが出て来なければ意味がないし、いじめをやるズルい人間は、自分のいじめる相手が何とか泣き寝入りするように、もっと言えばいじめを受けるのが当然のように思わそうとして、口先の方便もどきをろうしたり、相手を巻き込んで間違った自明意識を植えつけようと「汚く甘え」られる知恵を使って見せようとするものです。
だから、被害者の主観にのみ判定の機会を渡したままにしてしまうのも、事実隠蔽、犯罪隠蔽の機会を見逃すことにもなる。
では、当事者の主観と、社会の秩序とを繋ぐ方法はないのでしょうか。
当事者の視点を主権の価値を保ったままに、社会との繋がりも守って互いの尊重と意見の交流を図ることは可能でしょうか。
リアルプレゼントは、こう答えます。
あくまで、主権の尊重を軸に考えるなら、その為には、自分で判断をするのをやめることがいいことだということです。
自分で判断するのをやめることで、社会のルール通りの判断をすることに思考を切り替えるのです。
ここには、ズルい甘えを乗り越える一つの手立てがあります。
いじめのようなズルい甘えは、「オレの甘えだけは聞いてくれ!」という、正面切っては言えない潜在レベルの衝動を持っています。
それを乗り越えるのには、相手の正体を見抜くことと、起こっていることを事実として見抜くことができるかがカギとなって来ると思いますが、これらを見抜く見識や経験が足らなくても、同じ結果に繋がることができるのが、自分の関わりの中で判断するのをやめて、関わりの認知を第三者一般のレベルにまで広げることです。
そこでは、誰もルールを破る者に傷つけられてはならない。当然、そこには「私」も含まれます。
ようは、自分の判断をやめることで、そのことの契機から、客観的な自分が浮かび上がって来るのです。
このことで、自分が誰かを守るように、自分を守ることができる。
人が平等に守られなければならないのなら、この私も守られなければならないのです。それが正義です。
何も遠慮することはありません。
人の弱みにつけ込んで来るいじめの卑怯者など、何一つ気にする必要はありません。
どうせ、口を開けばウソしか言わないのだから、まさかそんな人間をかわりに守ってやる必要などないのです。
そうした者は、またあなたのような人間を見つけていじめるのです。
そうしたことも、相手が見えるようになれば、おのずと見えて来るでしょう。
何が正しいことかは、社会の改善に何が寄与するかで考えるなら、そこに見えて来る方向性こそ本当に自明のものです。
ただ、偽りの者も口先では同じことが言えるので気をつけて。しかも、ウソしかないので黙りません。
だから、人には責任が重要なのです。
参考文献
和久田学(2019)
「学校を変える いじめの科学」
日本評論社