~究極コミュニケーション論~
リアルプレゼント 第7回
【いじめなどに絶対負けない知恵と技術】
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「リアルプレゼント」は、私たちの世界を変えるためのもの。
この究極のコミュニケーション力に通じた人は、世界を変えられる。
もうあなたはひとりではありませんし、例えひとりでも戦える!!
これからは、何をすれば良いか悩まなくて済むし、関わっても意味の無いいじめなどを苦にする時間もいらない。
そうなってもらうために、究極のコミュニケーション力を伝えたい。
これは、見せかけやきれいごとに終わる類ではなく本当にあなたを救う、現実の贈り物。
それが究極コミュニケーションを伝えるリアルプレゼントです。
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根拠ある正直さ
私たちにとって、「正直」であることは、個人の生き方の重要な中心的要素であることは、すでに述べてきましたが、この「正直」さは、なぜ、どのように、どれぐらい必要なものなのでしょうか。
ただ正直であればいいと言ったのでは、あまり説得力はないように感じます。
自分が「正直」であることは、周りにもいい影響を与えられると思っても、それは本当にそう言い切れるものなのでしょうか。
自分さえ良ければいい、という「正直」では、逆に、あなたの正直さが疑われてしまうことにもなるでしょう。
また、あなたの「正直」さを逆手に取って、あなたに理不尽な扱いをしてやろうとする相手が表れたなら、この正直さは、あなたにとって最大の弱点になる可能性も大いにあります。
では、そもそも「正直」であることに、社会が求める根拠があるとしたら、その根拠がある正直さによって、あなたの「正直」さは、余計な態度と受け取られる心配はないし、誰にも逆手に取られることもなくなる。
そういう根拠ある「正直」さを学べば、単に生きるのに役立つ以上の、何にでも使えるカードとして、また何にでも姿を変える無敵のカードとして、あなたの懐にいつでもあることになる。
この「正直」さの根拠は、あなたが求められている社会からの要求に応えるものであればよい。
社会が、私たちに要求していることが何か、おわかりでしょうか。
それは、働くことです。
どのような社会に居ても、その社会が人々に求めるものは、社会を回すための労働に従事してもらうことです。
いかなる社会でも、働かないで回る社会はありません。
だから、日本にも労働の義務があります。
ただ罰則はないので、働かなかったとしても捕まることはありませんが、日本の国籍を持つ以上、働く義務はあるのです。
そして、働くことが義務である私たちの社会では、ある共通のルールがあります。
これは、普通に聞かれるルールである一方、その言葉が持つ以上の意味を持っています。
つまり、このルールを知っていれば、およそそれ以外のルールの意味もほぼ例外なくこのルールの下に理解することができます。
そのルールとは、「働きやすく」すること、の共通理解です。
この社会の常識、または基礎的なルールが、「仕事をしやすくする」ことを基準に作り上げられている、そのことに気づけば、私たちは、何に「正直」になればいいかがわかる。
究極のところ、「正直」さとは、仕事をするためのものです。
個人の人生も、社会の仕組みも、それは仕事をすることを通じてでしか実現はされません。
だから、私たちの生活や活動のルールは、「仕事のしやすさ」のためにあり、社会で事業活動を促進し、営利活動を前進させること、その社会共通のルールが、みんなで仕事をしやすくすることにあるのです。
仕事をしなければ、誰も生きられない以上、これは当然のことです。
「正直」さは、この仕事のしやすさに貢献できるものであればよい。
何にでも正直であればよいというのではなく、私たちが、私たちの活動を掛けた仕事で、それを効率的に関われるようになるために、「正直」さはある、と考えて間違いないのです。
何かを進める時、仕事でも勉強でも家庭生活でも、私たちが求めることは協力して物事を進めて行くことであり、ムダを抑え、できるだけ自分たちの望む形でことを進めたいと思う時、そこには、やはり仕事のしやすさがひっ迫した問題となるのですが、実に、それまでいかに効率的に仕事をして来たかも、避けがたく出て来る結果となっているからです。
「正直」であることは、私たちの生活の基礎的要件である仕事のしやすさのために貢献する「在り方」であればよい。
物事を進めるにも、出て来た結果を反省するのにも、「正直」さが一番の武器になる。
逆に、「正直」でないものは、何をするにも邪魔になります。
普段の常識レベルのことから、どんな重要な問題に至ることでも、「正直」さの根拠となる在り方は、基本としてはまったく揺るぎない価値を持つものです。
それは、個人の意図など越えているものですから、誰にもどうすることもできないほどの効果を持っているのです。
誰かれが文句をつけて来ても、同じことです。何も変える必要はありません。
みんなが望むことをやっているのだから、それに文句をつける方がおかしい、と言えるのです。
むしろ、絶対に譲っていいことではありません。
あなたも、正直さの在り方によって根拠のある、不動のコミュニケーション力を武器にして生きてください。
本来、文句をつけられるいわれのない「正直」さの態度でも、それでもしょうもない難癖をつけて来る相手もいます。
そういうわからず屋への対処法などは、これからちくいち、このメルマガに載せて行きます。
一緒に、難関を乗り越えましょう。
そして、確実かつ最も安心で楽な生き方を手にして行きましょう。
