リアルプレゼント 第6回 ~世界を変えるために~
☆世界を変える、世界は変わる。
~究極コミュニケーション論~
【いじめなどに絶対負けない知恵と技術】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「リアルプレゼント」は、私たちの世界を変えるためのもの。
この究極のコミュニケーション力に通じた人は、世界を変えられる。
もうあなたはひとりではありませんし、例えひとりでも戦える!!
これからは、何をすれば良いか悩まなくて済むし、関わっても意味の無いいじめなどを苦にする時間もいらない。
そうなってもらうために、究極のコミュニケーション力を伝えたい。
これは、見せかけやきれいごとに終わる類ではなく本当にあなたを救う、現実の贈り物。
それが究極コミュニケーションを伝えるリアルプレゼントです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
よくないこと、嫌なことばかりがやって来た時は、自分の世界が悪いことだけで染められてしまい、もう明るいきざしは何も見えることがない、と思うようにもなるものです。
このことは何もおかしなことではありません。
私たちは、人間であり、生き物なのであって、生きているものが持つ実感は、自分が生きる環境への適応感から得られるものになっているからです。
いくら、自分の意志や、頭だけの理想論を並べても現実の感じ方には嘘をつけません。
自分の環境から得られる適応感覚が、自分にとっての本当の感じ方であって、それには嘘をつく必要もないのです。
なぜなら、私たちの適応は、そもそも生き物としては自分が生きている環境に対して生じて来ることなのであって、自分の環境が自分の望むものでないのに、理想論で騙そうとしても意味はありません。
その環境と関わりのない考え方や意志の働きは、事実上、何の効果もない、ごまかしなのです。
どれだけ頭の良さそうな理想論を並べ立てても、目を伏せて夢を見ているのと同じことです。
ごまかしには、しっぺ返しが来ます。どんなにうまく行っていると思っても、それが現実がうまく行ってないのを騙すためなら、うまく行っていると思ったことがいずれ落胆を呼ぶのです。
これは、自分と環境との運命です。
私たちが私たちの現実の生き方を改善するには、環境との関わりを変えなければいけません。
それには、どうすればいいかと言えば、それは「対象」を変えることです。
対象を変えることで、環境を変えることは実現します。
また、逆に言えば、私たちには環境を変えるほどの力はなく、「関わる対象」を変えるぐらいの力しかないということが、対象を変えるということが持つ、適応への合理的な意味にもなるのです。
環境を変えるということは、対象を変えることで実現して行く。
何を自分が関わる対象にして行くか、ということです。
関わる人を変える。
関わる物を変える。
趣味を変える。
関わりのために行く場所を変える。
新しいハサミに変えたり、残して置いた大切な品を使い出しただけでも、世界は変わります。
しかし、それぞれはあくまで対象なので、世界の全部が変わるわけではありませんし、その必要もないのかもしれません。
逆に、自分の持ち物一つのことで、世界のすべてが変わって見えるということもあるでしょう。
私たちが問題を解決したいと思う時には、その問題を形成している特に中心的なことがらがあるはずです。
とにかく解決したい問題があるのなら、やはり問題の中心を作っている対象との関わりを変えるか、またはやめてしまうかをしないといけません。
その時に肝心なことは、例えば自分に問題を起こして来る相手が何を言って来ても、それを真に受けて聞く必要はないということです。
まともな人ほど、適応は個人の問題だということを知っている。
人は肩代わりできないのです。
問題を起こす人は、たいてい、相手のことを考えず、自分本意になんでも変えてしまおうとします。
慣れてくれば、ちょっとした人あたりでも、ああこの人おかしいな、とわかって来たりもしますが、人生経験のない内はまだ難しい。
だから、この簡単な方法を覚えておくことが望ましい。
自分の環境に、自分の適応にとっての問題が生じたら、それは、自分の関わる対象との関係が悪いのだと。
それは、自分を教え導く人との関わりも含みます。
問題を抱えると、内に閉じこもりがちですが、まずは、広い関わりを持って、いろんな人の考え方や関わり方を見て見るのが実際には最短ルートです。
いくつものパターンを見ることで、自分なりに一番合ったパターンがいずれは見えて来るからです。
ちゃんと見るべきことを見ていれば、そう遠いことではありません。意外にすぐ、解決策は見えて来るものです。
ただそのためにも、何が問題を作っている対象なのかを、自分の環境の中でごまかしなく見なければなりません。
問題を見る時には、なるべく直接的に問題と自分との関係を把握することがキモです。
一番、中心となる関係の部分を自分に合わせて変えて行くのです。
問題解決の、一番浮上させるべき問題が改善されて行くのだから、効果があるのは当然です。
直接的に問題を考える、ということは、問題を起こして来る相手というのは、それを隠そうとするのも当然なので、彼らが続けようとするごまかしには付き合わないという利点にもなって来ます。
適応は、自分個人に負わされた仕事だということは、自分の環境の改善の為なら、とことん自分本意に進めていいということです。
何の遠慮も、何の許可も要りません。
社会のルールは従わなければならないのは当然だし、自分勝手に変えてもいけませんが、自分のことを自分で変えるのに、誰の許可も要りません。
そういうところで勘違いして来る相手がいれば、そうした相手こそ無視していいのです。
まぁ、実際には、適当に受け流して置けば、社会での作法でも問題はないわけです。
一つ言っておくべきことは、実は、正しいことと間違ったこととは、一見似ていても、中身はまるで反対だということがよくあるのです。
ズルい人や卑怯な人が言うことと、正しい人が言うこともそうです。
言葉では同じようなことを言っていても、内容はまるで逆になっている。
それを見抜くには、言葉だけの表面的な問題にとらわれず、物事を直接的に見る方がよい。
つまり、対象との関係を直接的にすることです。
そのことで、その間に入り込む物事を隠す余計なものらを排除することができる。
だから、ありのままが見えて来るのです。
ごまかしを排除するのには、対象を隠すものを越えて、直接的に見るのが一番です。
適応にとっては、物事の一番中心的な問題を見るのです。
そして、それを改善できる道を探し出しましょう。
それには、まず、これと決める前に、数を当たるのがいいでしょう。