人は、始めから社会的動物として産まれて来ます。
だから、その存在は、社会的であるし個人的でもある。
つまり、この両方を持っていなければならない。
しかし、人は最初からこの二つを持っています。
人は産まれた時から人なので、人として生きる力は生まれながらに持っています。
人は自然と進化の産物だからです。
問題は、どこでバランスを取るかということに掛かって来る。
自分が自分で居られることと、人として社会から要求されることは、始めからバランスの取り方に掛かっているのです。
そして、このバランスは自分で取ることになります。
自分の手の内から逃してはいけません。
ただ、自分の手の内にあるものが少ないことも見逃してはいけません。
二つの間のバランスは、力学で作られるものです。だから、その正体は、自分の手の内より遥かに幅広い。
自分自身でさえ、自分の思うように感じたり動いたりすることは自由になりません。
それでも、自分の役割を果たさねばならない時、人はバランスの取り方を本気で考えるものです。
それは、どちらかを通せばいいだけの問題ではないから、難しい。
それをバランスと呼んでいるわけです。
でも、逆ピラミッドなら、バランスも社会から貰える。いや、貰います。
社会には、これを与える義務がある。
そのために、逆ピラミッドの力で「私」が社会の味方として、社会に参加していればいいだけなのです。
社会ではバランスの取り方はいくらもある。
それを選ぶ選択肢を、自分の手の内に入れておけばいいだけのことになります。
初めから社会が用意してくれるバランスに入って行けば、バランスの方が自分に味方をします。
逆ピラミッドの力なら、周りの力学の方が、自分の味方をし出すことになる。
人生は、順番を間違えてはいけないところがある。そのための核は、力学を味方につけることです。
そうすれば、そこからすべては始まることになるからです。