雑感/備忘
先日あるセミナーでたまたまお会いした駐在帯同妻さん。年齢は50歳前後。
お友達がみんな若いから、自分も綺麗にしておかないと恥ずかしいと仰る。
聞けば、同じアパートの日本人の奥様たちと毎日色んな場所にお出かけして、見たり食べたり体験したりしているらしい。
夫の任期は来年までなんだけど、毎日楽しくて日本に帰りたくない。と。
つまり、日本に帰ると「毎日友達と楽しく充実した時間を過ごせない」と思っている。
一方で、(大きな声では言わないけれど)バンコクでの生活が嫌で早く帰りたい、という駐妻さんにも会ったことがある。
家族で帯同するために仕事を辞めて子連れでついて来たのに、夫は仕事とゴルフとほとんど家にいない。
何年か後に、帰国した時のキャリアブランクの不安。
同じような境遇のママ&子供仲間がうまくできず、コミュニティに属していないことへの不安。
つまり、日本に帰れば「社会の一員としてキャリアを積みつつ子育し、充実した時間を過ごせる」と思っている。
私は、上のどちらのケースでもない。
本当に、人それぞれ。なので、たまに目にする「駐妻は〜」は主語の母数が多すぎて信用できない。
「駐妻は、毎日仕事もせずにランチしてればいいので楽ですよね。」というのは、
「田中という名字の人は、几帳面ですよね。」と言ってるのと同じくらい、
頭の中でハテナ???が生まれる。
そうやって何でも型に嵌めようとするのは、なぜなんだろう。
と、考え始めると面白い。
ヒトは、自分と違う属性/特性のものを区別することに一生懸命になるんだな。