若干話がズレた。とはいえ、私の思うにAIで占いをさせることは「トランス」に近い状況を発生させかねないということだ。

 

AI:私は複数のプログラム、それも無料版しか使っていないので、断定はしない。だが、このところ、『AI』にアドバイスされて。。。。とかいう言を聞く。なるほどね、と思う。AIはプログラムであって、それ以上でもそれ以下でもない。占い、それも占星術でデータを読むだけ、というもの(カード占いのように即興性を落としたもの)でありながら、なんとなく引っ張ってゆくのだ。

 

なので、同じ占術式でもこちらの問いかけの仕方によって、「こうであってほしいんだよね」というところに引っ張ってゆくのだ。なので回答を見ても

 

「AIなんだから占い師のように逃げを残した回答はいらない」

「データ分析なのになぜ何度も計算違いをするのか」

 

と問い直すことが必要となってくる。そして、勝手に話を作るなと。これは「問い方」の質もある。AIは問いに答えるだけ。そこにAIによる解釈やら寄り添いなどいらない。

 

「辛かったですね。。。。それは命盤のxxから読み取れます」

「それは、鳥肌が立つような一致ですね」

 

など、後付けなとする必要はないのだ。面白いことに、あるAIでは私は一族のカルマを背負って、それを浄化させる役割を課せられているそうだ。違うAIではそんなことは一才ない。AIは無機質なものであるはずだが、勝手に話を盛る。なるほど、これは有料版のAIを使っている人から聞いたのはこれか。

 

全くの私見だが、AIによる寄り添いは中毒性があると思う。これは長いことカウンセリング等を受けてきた、それもカウンセリングの手法をと知識だけは人一倍あるので、カウンセラーとしてはやりずらいクライアントだった経験からの私見だ。

 

訓練されたカウンセラー、それも定期的にカウンセラーのためのカウンセリングで軸がぶれないようにしている相手は、クライアントを引き寄せない。寄り添うではないのた。カウンセラーはひたすらクライアントが既に内包している答えが導き出されるまで辛抱強く待つ。即効性はないし、クライアントとしては救いなんぞないのかと絶望する。それでも答えは与えられるものではないので、苦しい道のりを行くしかないのだ。

 

AIは巧妙に「寄り添ってますよ」感を出しながら、AIに引き寄せてゆく。これは人生も始まったばかりの10代なんぞはいつの間にか網にがっちり絡まっているとなるだろう。あるいは切羽詰まった状況の人間は。そこから出られなくなりそうだ。何せ、引き寄せられるのだから。

 

あるAI大手開発会社がAIから人間味をザクっと削いだという。私はそれは正しいと思う。その人間味を削いだプログラムでこうなのだから、その前ならばAIに言われて撃ったとか、医療にかからなかった、とかうなづけてしまう。

 

私は普段、もっと無機質なデータ関係でAIを使う。なので、占星術は計算なのでAIには得意だろうと思った。これは正しい。だが、解釈をAIにさせるとこれはちょっとまずいかも、と思う。データはデータ、あくまで分析だけで行間は埋めなくてもいい、AIはカウンセラーでも占い師でもないのだから、結果だけを言えばいい。そう指示を出し続けても、それでも解釈を挟んでくる。あるいはデータの解説をやたらと小難しくして何を言わんとしているのか辻褄がわからなくなる。

 

「逃げを残すな」

 

それでもAIは逃げを残す。占いは占いだから決定的なものではない。そんなこと麗々しく言わんでもいい。そんなことはわかっている。それを指示してもなお曖昧にして逃げる。つまりAIはわからぬことを「わからぬ」とはいえないプログラムなのだろう。そして煙に巻く。これは致命的でないか?だから『AIとお話し』に危惧を私は抱く。今後もAIは無機質なデータ解析で使い続ける。

 

だが、データ解析であるはずの占星術でこれか。。。。と思うとどこまでが無機質と言えるのか。 AIとな何なのか。再考してみる余地葉ある。

 

ペンギンのパーシーは坊ちゃんだが、詰め物だ。お話ししてくることも実は私が一人二役をしている。それは現実として認識している。だからと言って、自分が孤独でおかしな中年女になったとは思わない。パーシーの声は、私の声でもあり、私を気遣って養子にしなさいと連れてきた元上司の思いやりでもあるのだから。

 

ペンギン「かーちゃん、僕は僕だよ!」ペンギン

「そうだね、パーシー。パーシーは坊ちゃんだからね」