ペンギン「かーちゃん?何しているの?」ペンギン

「ああ、パーシー、かーちゃんはAIとお話ししているんだよ」

ペンギン「えっ、僕じゃないの?僕とはお話ししないの?」ペンギン

 

パーシーがショックで硬直している。この暑さの中で。

 

「違うよ、パーシー。パーシーはいつだって特別だよ」

ペンギン「。。。。うん。」ペンギン

 

私は害のないエンターテイメントとしての占いが好きだ。ちょいちょいウェブサイトの無料版で遊んでいる。実は一時占い師になれるのでは?と思ったことがあり、オカルト天国の英国、この地の利を生かそうとカード占いのトレーニングを受けたことがある。

 

ペンギン駄菓子菓子ペンギン

 

曲がりなりにも科学者家系の娘なので、自分が超えられぬノンセンスの壁があり、占い師にはなれぬと断念したことがある。一方、30代に長くプロのカウンセリングを受けていたこ経歴もあり、「占い」と「カウンセリング」の本質的な差異もよく理解している。

 

何せ、バブル崩壊直前の女子大入学時に一般教養でとった心理学の教授が「皆さんには心理学と占いの違いを習得してほしい」から始まった「医学」と「擬似医学」の間には何があるのか?というトレーニングを積んできたようなものだ。

 

私が先端医療を駆使する主治医の元の治療はれっきとした「医学」だかが、医学会のお偉いさんたちの目には「医学になりきっていない」といちゃもんをつけられる不遇な状況にある。だが、れっきとした修行を積んだ「医師」が「医学的見地」から正しく判断をして処置をしていることにはお偉いさんたちも認めるところであり、「新手法」「新治療法」が根付くのは時間の問題だと思っている。お偉いさんたちの実技限界を超えた手法におそれをなしているところもあるのだろう。こういった権力だのエゴだのが医療進歩を遅らせているのは歯がゆいところなのだが。。。。

 

では、「占い」と「精神医療」の決定的な違いとは何か?

 

「占い」はこうであると定義するものに寄せてゆく。

「精神医療」はすでに内包している定義に辿り着くのをまつ。

 

これは、私の長年の経験に基づく私見なので、万能な意見ではない。

 

占い師もカウンセラーもクライアントの問いかけから、さまざまに背景を探り、対応する。それなりに思うことがあって、回答が欲しくて占いやらカウンセリングにゆく状態の時に、「何、まだるっこしいことを!」と怒りも生じるだろう。そのような時に「占い」は一定の回答をその場で出す。「精神医療」はクライアントが実はすでに内包している回答が出てくるのを待つ。

 

「占い」は、外れた!とクライアントが文句を言うと、「私の言うとおりにしていませんでしたね」とクライアントの落ち度であると解釈できるような回答であったとすることができる。「精神医療」はそもそも指導などしないから、クライアントの落ち度ということはない。とはいえ、速攻で効くような「救いの手」なども差し出さない。

 

まあ、こんなものだろうか?ところで、占いだ。東アジア出身の同僚達と、いかに我々が暦であったり風水やらなんやらで縁起を担いだりというのが日常であるかと盛り上がった。そのうちの一人が3つの占星術を組み合わせた命盤をAIで読ませる問いうサイトを教えてくれた。それだけ占いが日常に溶け込んでおり、AIに今や人間の占い師の仕事が盗られているというのだ。

 

どれ、面白そうだ。。。試してみるか。。。