3月6日と9日の二回、ロイヤルオペラハウスで「マクベス」を観ました。
オペラとしてのみどころ
1847年のヴェルディが34歳のときのオペラで、後年の作品の熟練さと充実さに比べると魅力の少ないオペラと言わざるを得ないし、上演機会も少なくてロイヤルオペラハウスの初演はなんと1961年。ROHは1865年版なのですが、マクベスとマクベス夫人二人の出番が圧倒的に多いこともあり、これは専らパフォーマンスを楽しむオペラです。実力のある歌手が二人揃わないとちょっと退屈で聞いちゃあいられないのですが、演技力と歌唱力の両方備わったふたりが夫婦役でががっぷりよつに組めばみごたえ充分のオペラになり得るわけです。
今回はトーマス・ハンプソンとヴィオレッタ・ウルマナのコンビで、ROHで主役をやるのに充分な実力を備えた二人なので、一定のパフォーマンスは保障されたも同然。(実際どうだったかは後述。)
しかし二人とも何度も観ているので私にとっては新鮮味はなく、さらにこれは2002年の新プロダクションのときにすでに見ている舞台だし・・ということで事前の楽しみはあまり感じられず、どちらかと言うと「着物イベント」として楽しみにしていたとすら言えるでしょう。
オケを斜め後から見る舞台袖の最前列だったので他の人から注目してもらえそうだから綺麗なおベベを着ていこう、新しい手持ちが増えたからどれにしようかな~♪、とこちらはワクワクでした。ま、色んな楽しみ方があってもいいでしょう?そのときの着物姿はこちら をご覧下さい。
(筋書きはシェイクスピアで有名ですから省きます。なーんて言うと、「知っとったけど忘れてまったがね~」と名古屋弁でぼやく方もきっといるでしょうから、超簡単に書いておきます。)
11世紀のスコットランドの武将マクベスは預言者に「やがて王様になる」と言われ、それを聞いた妻は野心を燃やし、国王が彼らの館に滞在したときに暗殺しようとマクベスをそそのかす。ナイフで王を刺し殺した途端に後悔して狼狽するマクベスをマクベス夫人は叱咤し冷静に事後処理をし、予言で邪魔になりそうな人たちとその子供たちも全て暗殺。マクベスは王座に付くが、亡き者にしたライバルの亡霊に悩まされ、気丈なマクベス夫人は狂死、マクベスは戦死。
ご存知のように、マクベス夫人と言えば旦那の尻を叩いて出世を強要する悪妻の代名詞で、これは野心が身を滅ぼすひたすら暗いストーリーです。
「あなたはスコットランド国王になりますぞ」
ちょっと反れますが、イギリスでは舞台俳優に向かって「マクベス」と直接言うのは縁起が悪いとされ、代りに「あるスコットランドの劇」と声をひそめて 言わなくてはなりません。それを知らないととんだ珍問答になってしまい、それは私にも起こりました。まだイギリスに住んで日が浅いとき、なぜかシェイクスピア俳優と話をする機会があり、説明されるまで何度も彼に「だからさあ、マクベスでしょ?!私だってそれくらい知ってるわよ!」と言い続けたのでした。その人にはどんな災難が降りかかったことやら・・。ごめーん!
舞台と衣装
セットは極めてシンプル。70,80センチ四方の黒いパネルの壁が背景で、時々隙間が開いてちがう空間を生み出したり光を漏らす効果を出したり。時折金色の棒でできた3メートルくらいの箱というか柵が出て来て、様々な用途に使われます。その他印象に残るものとしては隅っこに水道があり、そこでほんとに水で手を洗うシーンが何度も象徴的に出てきます。衣装もセットも黒と白と金と赤だけ。そこに大量の赤インクで血みどろになったりします。照明も暗く、とにかく陰惨なイメージなのですが、シンプルにデザイン化されていて私は結構好きです。(演出Phillida Lloyd, デザインAnthony Ward)
「殺してしまった~~!なんと罪深いことを」「よくやったわ、あなた」
パフォーマンス
さて、ヴェリディとしてはパフォーマンスしかみどころのないこのオペラ、肝心な歌と芝居は・・?
そうだ、その前に一つ。
二回行ったうち一回目は舞台の袖の至近距離の席でしたが、個人用の電光字幕掲示板が故障していて、舞台上の字幕は見難い位置なので、細かいことは理解できなくても大体はわかるはずだからと芝居に集中することにしました。字幕はあればつい見てしまうけど、5メートル先にハンプソンやらが立っているんだ、そっち見なくちゃ勿体ないよね、ということではマシンの故障はラッキーなことだったと思います。
(しかし最近よく字幕掲示板壊れとるなあ。折角気前の良いお大尽Vilar氏 が大変な目に合いながら寄付してくれたのにねえ。)
まず、今回のパフォーマンスを見ながらどうしても思い出してしまうのが2002年の新プロダクションのときのマリア・グレギーナとアンソニー・マイケルズ・ムア。この二人だと、歌手としてのランクも体型も声量も段違いでグレギーナの方が上なので、極端な「かかあ天下」夫婦に見えてしまい、それはそれでこの場合ぴったりと当てはまる一つのマクベス夫婦像でした。そして期待通りドラマチックソプラノの第一人者グレギーナは歌も演技も凄い迫力で、これ以上のマクベス夫人なあるまいと思わせる出来で強い印象が残ってます。
マイケルズ・ムアのマクベスはいかにも弱々しくマクベス夫人に全て押されっぱなし。モンスターである奥方と、彼女が死んでしまうと「わーん、お母ちゃんが死んじゃったよ~」とヘナヘナになる子供みたいな殿様でした。ま、こういう亭主はいますよね。
それと比べると、今回のコンビはずっとバランスの取れた普通の夫婦風。太ってるウルマナも長身のハンプソンと並ぶと巨体には見えず、しおらしくも見えるマクベス夫人でした。華のあるハンプソンのマクベスは彼自身の野心と器量も感じさせてくれて堂々のタイトルロール。
50歳の米人花形バリトンのトーマス・ハンプソンはこの役で映像も出ているし、得意な役なのでしょう、ンハンサムで舞台映えのする容貌をフルに生かして魅力的に歌い演じ、マクベスってマクベスが主役だったんだとすら思わせてくれました。本当はちがうのでしょうけどね。
今まで彼をROHで「アラベラ」「パルシファル」「仮面舞踏会」で観た他、リサイタルやマスタークラスでも聴いたことがあって、私は特にファンでもないし、こいつはルックスで得してるなと思うことが多かったのですが、仮面舞踏会 でぐっと見直して以来、なかなかいいじゃないと思うようになりました。
リトアニア人のヴィオレッタ・ウルマナは、かつて彼女がメゾ・ソプラノだったときにヴェルディのレクイエムで初めて生で聴いて声量と声のなめらかさに驚きました。ソプラノに転向後ROHで「パルシファル」のクンドリ、「運命の力」のレオノーラ、コンサート形式でしたが「ジョコンダ」と大役をこなし、華やかなスター性には欠けるものの、ワグナーも歌えるエネルギーを感じさせて、元メゾですから凄みのある低音が強み。
しかし、グレギーナに比べると、少なくともこの役に関してはちょっと迫力不足で、「いくら手を洗っても血が消えないの」、と段々狂っていく場面などもっと歌も演技も大袈裟にメリハリつけて鬼気迫るくらいにして欲しかったと思います。
もちろん充分合格点なのですが、さすがにちょっと彼女には飽きたので、他の人でも聴いてみたいなと思っていたところ、なんとその望みが叶ったんです。
二回目に行ったときウルマナが病欠したのです。代役はミリアム・マーフィーというアイルランド人で、小デブのウルマナを倍にしたくらいの巨大デブ。ROH初出演ということで最初は固くて声も不快な金属的でしたが、聴衆の「頑張れ~!」という暖かい喝采を糧にして段々ほぐれてきて、この役はあちこちで慣れているらしく、最後はウルマナよりもマクベス夫人らしい野心と悪妻ぶりを態度で示してなかなかのハウスデビューとなりました。彼女もワグナーを歌う人で、強靭な声と声量は文句なし。但し高音が苦しいのが弱点か。もちろんあの容姿はなんとかすべきだし・・。
儲け役のマグダフ役のテノールはGwyn Hughes JonesとJoseph Calleja。二人ともROHで観たことのある人たちで、前者はマダム・バタフライのピンカートン、後者は椿姫のアルフレード。そのときも今回も二人とも可もなく不可もなく、ってとこでしょうか?大きな拍手は曲が良いからで、ほんとにこのオペラ、有名なアリアはひとつしかないのです。
今回は例によって、一回は舞台袖の席で(41ポンド)、一回は上の横のupper slip(9ポンド)と理想的な見方ができました。一回目は誰もキャンセルせず出るべき人が出たので二回目の切符は誰かに譲ろうかなとも思いましたが、オペラは初めてという友人の案内もあったので結局2回行きました。
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さて次はチャイコフスキーのユージン・オネーギン。顔で得してるもう一人のバリトン、ディミトリ・ホロストフスキーと大躍進中のロランド・ビリャゾンの共演。
そう言えば、6日はビリャゾンが客席の最前列にいました。ぱっとしない女性と同伴でしたが、恋人ではないでしょう。彼は携帯電話にかじりつきでしたもん。ロビーで近くで見たら、彼は思ったより小柄で貧相でしょぼかった・・。あれが舞台に立つと大きく素敵に見えるんだから芸の力は偉大だ。
でも、アラーニャなんて普通に歩いていても後光が差してるけど、それは私の目がウルウルだからでしょうねえ。

