1989年4月6日
夕食をとっていると突然、かみさんが
「あーさっき、東京のミュージックなんとかから電話があったよ」
「えっ!ミュージック・マガジン?!」
やっぱり届いていたんだ。こりゃひょっとするとひょっとするぞ。
そう、実はニール・ヤング関係のレコードの写真を「レコード・コレクターズ」の編集部に送っていたのです。
1989年3月26日
日曜に撮影。
1989年3月27日
プリント出来上がり。カガミ写真機店で見本用に30円プリントで20枚くらい。
1989年3月28日
「レコード・コレクターズ」の編集部に送る。
ニール・ヤングの特集を組むんじゃあないかとの予想。久しぶりの来日だもんね。
1989年4月4日
1週間経過。うんともすんとも言ってこない。採用される事がなくてもお礼の返事くらいは来てもよさそうなのに。
いやいや、ひょっとしたら2、3枚使わせていただきます。という吉報がくるかも。
1989年4月5日
やっぱり相手にされなかったのかなーとあきらめかけたところへ4月6日の「事件」へと続く。
1989年4月6日
リリリリリリリリーーー
8時50分
遂に運命の電話ベルがなった。
「東京のミュージック・マガジンの脇谷といいますが、珍しいレコードをお持ちなので数点使いたいのですが?」
もちろん即OK。その為に送ったのだから。東京から取材に来るという。写真を撮る為に。
4月9日か16日かといわれたので9日にしてもらった。照明機材、カメラなどだいぶ重くなるので車で行くか、
あるいは荷物を宅急便で送り、新幹線で来るとの事。
「明日また電話します」
私は興奮しながら、かみさんに言った。
「取材に来るって!東京から!」
声はまだ若い。しかし脇谷さんはどんな人なんだろう?早速「レコード・コレクターズ」のバック・ナンバーを取出し
調べる。
脇谷さん担当の記事を見るとジャズ関係ばっかり。ジャズの人かー。来た時に何を話せばいいかなー。
1989年4月7日
脇谷さんより電話。
「車で行きます。巻駅に1時から2時に着きますのでよろしくお願い致します」
1989年4月8日
会社の修二君にポツリ。
「明日レコード・コレクターズの人が取材に来るんだよ。フフフ。」
「手紙出したな?」
「うーん、ばれたか」
早く明日にならないかな。
以上は1989年当時のメモからです。
自分でも興奮状態だった当時の気持ちがよみがえります。
下の写真が自宅に取材に来られた時の脇谷さん。
