
1963年12月1日に結婚。
その新婚ホヤホヤのある日、アメリカ盤「ミート・ザ・ビートルズ」を発見。
田辺 昭知に電話。
「ビートルズってバンドがあるんだ。こういうのやろうぜ」
「夕陽が泣いている」がターニング・ポイントとなる。
スパイダース時代も楽しかったのは半年くらい。
「夕陽が泣いている」で実質的に終わりかけたと。
ビートルズの前座断る、1966年6月。
その後のグループ・サウンズ・ブーム。
ブル・コメと初期ブームを盛り上げるも。
すぐにスパイダースのファンクラブ会員だったタイガースにあっさり追い抜かれる。
対抗にテンプターズをぶつける作戦にでる。
GSブームの終焉とともに解散。
ソロ・シングル「どうにかなるのさ」のスマッシュ・ヒット。
深夜放送でよく聴きました。
「シンシア」で吉田拓郎とコラボ。
その後代表作と言われる「我が良き友よ」の大ヒット。
その後の事も触れていますが私の興味があるのはこの辺まで。
ムッシュは後輩でも必ず「さん」を付けています。
この本のイントロ部分に紅白初出場のエピソードがあります。
60才にして紅白初出場。
マチャアキ、井上尭之、ムッシュのトリオで。
あわてて作ったオリジナル曲「Yei Yei」をひっさげて。
この曲すごく気に入ったのでCDをその後ゲットン。