「二人のデイヴィッド・ブリッグス」


二人のデイヴィッド・ブリッグスがいたわけだ、
ニール・ヤングのプロデューサーとしてのデイヴィッド・ブリッグスが一人。
エリア・コード615のメンバーとしてのデイヴィッド・ブリッグスがもう一人。
私も含めて多くの人が誤解していた。
同一人物だと。
1995年プロデューサーとしてのデイヴィッド・ブリッグスが無くなる頃まではずーっと。
死亡記事が出ていたのにその後デイヴィッド・ブリッグスがレコーディングに参加?
えっ?と思った。
ひょっとして別人か?
思えばその責任は今野雄二の解説にあったのかも知れない。
ニール・ヤングのセカンドに書かれていました。
「デイヴィッド・ブリッグスはまた、エリア・コード・615というグループのキーボー・プレーヤーとしても
知られた人物である」と。
1971年のパイオニアの再発盤である。
P-8122R がそう。
初回のビクター盤の方の小倉エージの解説には触れらていなかった。
25年近くそう思いこんでいたのは私一人だけではないでしょう。
しかしそのおかげでエリア・コード・615やデイヴィッド・ブリッグスのソロなんかも聴けたわけだし。
もちろんニール・ヤング・コーナーに入れていましたよ。