「四季の新潟 その3 参考資料 流行と若干の解釈」
 
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Kさんの原稿の続きです。
 
3 流行と若干の解釈
 
戦前・戦後、新潟市民に広く愛唱されたそうです。しかし、移り行く混乱の時代の中、いつしか作詞・作曲不詳とさ
 
れていました。「四季の新潟」は当初は「新潟新調」といっていました。
 
又、旧制新潟高等学校(現・新潟大学)の寮歌集(番外編)にあり、学生達にも歌い継がれてきました。
 
(春)
 
日和山~日和は、海上の天気が良いこと。風が凪いで波が穏やかになり、出船、入船の安全を祈ること。
 
日和山は、海上の空模様を観測した伊藤仁太郎家の水先案内の丘、または日和山展望台のこと。
 
柳と堀~天領となった新潟に赴任した初代奉行川村修就が、支那の西湖から取り寄せた柳。
 
今は何代目の柳か。
 
堀の町でありし 新潟柳の芽(茂野 六花)
 
(夏)
 
万代橋~昔は「よろずよ橋」と呼び、今は「ばんだい橋」で萬代橋と書く。
 
昭和4年8月に3代目として竣工
 
団扇もて万代橋を見に来たり(中田みづほ)
 
寺泊~三島郡の港で佐渡航路の要港
 
江戸時代、西堀通寺町の寺では宿坊として旅人を泊めたという。
 
(秋)
 
燕~ツバメは春飛来し、秋に南へ帰る鳥
 
岳廻り~「嶽廻り」のことで、秋の彼岸の頃、高い山に初雪が降り冬がを知らせること。(塩沢の里言葉)
 
(冬)
 
雁木~町屋の軒から庇を長く張り出し、その下の通路を確保
 
口説~俗曲を低い調子の三味線で唄うもの。
 
佐渡と灯~「蜑の手振り」に見られる湊祭りで、行列する灯籠の灯がはるか遠くの佐渡からも見えたという。
 
同じように新潟からも佐渡の灯りが見えたという。