




US MONITOR MFS-810 VICTOR JARA VOL.4 Desde LONQUEN Hasta Siempre
SIDE ONE
1.EL APARECIDO The Ghost
2.EL LAZO The Lasso
3.QUE ALEGRES SON LAS OBRERAS How Happy are the Woman Workers
4.DESPEDIMIENTO DEL ANGELITO Farewell to the Little Angel
5.SOLO Alone
6.AY MI PALOMITA Ah.My Little Dove
SIDE TWO
1.ASI COMO HOY MATAN NEGROS Thus They Kill Blacks Today
2.EL AMOR ES UN CAMINO QUE DE REPENT AARECE Love is a Road That Appears Suddenly
3.CASI,CASI Almost,Almost
4.CANCION DE CUNA PARA UN NINO VAGO lullaby For a Deserted Child
5.ROMANCE DELENAMORADA YDELAMURTE Song Of the Lover and of Death
6.EN ALGUN LUGAR DEL PUERTO Some Place in the Poet
ジャケの中にスペイン語の歌詞カードも付属しているがさっぱり。
ギターを持って歌う人はSSWとみなし、国にかかわらず聴いてみようと思っていた。
1980年前後、東京の中南米の音楽を扱っている所にも行った事があった。
「今は国交がないからビクトル・ハラのレコードは手に入らない」と言われた気が。
どおりでこのレコードは米盤である。
チリの偉大な吟遊詩人とジャケにもある。
収録曲はフォルクローレと言ってよいのかわからないのだが。
虐殺されてギターを弾けないように両手を打ち抜かれた反権力の歌手というイメージだが。
しかし簡単な英語の解説によるとラブ・ソングもあり、庶民の普通の生活の唄もあるようだ。
以下はネットで出ていたので少し抜粋したものである。
1970年、チリ人民連合によりアジェンデ政権が成立したが、1973年9月11日、アウグスト・ピノチェト将軍の軍事クーデター(チリ・クーデター)によってアジェンデ政権は崩壊。その直後、ビクトル・ハラは軍に逮捕され、チリ・スタジアムに連行された後、同志と共に虐殺された。
連行されてきた多くの市民を励まそうと革命歌ベンセレーモスを歌ったところ、ギターを取り上げられ、「二度とギターを弾けないように」と両手を撃ち砕かれ、それでも歌いやめなかったため射殺されたと伝えられている。しかし、現存しているクーデター時の写真などによれば、連行時は後ろ手に両手を組まされて軍の銃で監視されていたはずであり、ギターなどは持ち込めたはずがないのが実情である。彼が虐殺された現場であるサンティアゴのチリ・スタジアムは民政復帰後「ビクトル・ハラ・スタジアム」と改名された。