イメージ 1

「意外だった浅川マキと加藤登紀子の関係 1968年」



地元紙「新潟日報」の朝刊に追悼文が掲載されていた。

加藤登紀子による「浅川マキを悼む」である。

少し抜粋。

 「所属する場所は違っていたけれど、どちらもひとりだったこともあって、音楽的なことから

舞台衣装や化粧のことまで、マキは私の大切なアドバイザーになってくれた。お互いのステージは

必ず見に行き、その後は夜更けまで話し込む、そんな日々は、私の結婚まで続いた。」

「西荻窪のアケタの店や新宿のピットインのライヴを私は見に行き、マキが「マキであることから」

逃げ出すことなく、挑発的なトークやライヴ演奏で彼女らしい世界を全うしているのを確かめて来た」



1970年に東京と大阪でジョンイト・ライヴがあったそうだ。

たった一度の貴重なコラボレーション。

新聞の記事は切り取っておこう。