
昭和37~39年頃。
私が小学校高学年。
当時2B弾という花火があった。
マッチ棒をもう少し長く、太くしたような花火。
マッチ箱にこすりつけて発火する。
何秒後かにパッーン!と爆発する。
だからこすってから、1、2、3と数えてから空中に投げる。
うまく空中で爆発すると成功となる。
しかし、手に持ってると怖くなり、早く投げてしまうと地面におちてパァッーン。
失敗となる。
他に逆さまにした空き缶の中に入れ地面に密封状態にして爆発させると少し空き缶が浮いたり。
かんしゃく玉はコンクリートナなど固いものにぶつけるとパーンと爆発する花火。
そんな遊びに夢中になっていたころ親父がプレーヤーを買ってきた。
当時はプレーヤーからラジオにコードつなげて音を出すタイプ。
もちろんモノラルで聴いていたことになる。
ステレオはお金持ちが買うものであった。
親父は橋 幸夫・吉永小百合「いつでも夢」を買ってきた。
橋 幸夫「若いやつ」B面がたしか「大学の青春」もあった。
小学校しか出ていない親父の夢は二人の息子を大学にやることであった。