子どもまだ小さな頃は夫婦の会話には困らなかった。

 

正確に言えば、夫婦の会話をしていたわけではない。


子どもの話をしていた。

 

明日の弁当。
部活の予定。
サッカーの試合。
塾の時間。
学校のプリント。
靴下がない。
水筒を出してない。
帰りが遅い。

 

そういう話が、毎日いくらでもあった。

 

「明日、何時に出る?」

 

「試合、何時から?」

 

「今日、帰り遅いって」

 

「風呂先入れって言うといて」

 

「またプリント出してへんわ」

 

尽きなかった。


絶え間なく、次から次へと用事が湧いてきた。

 

夫婦の会話。

 

子ども達が大きくなるにつれ、家にいる時間が少しずつ減っていくと、二人の時間に余白ができるようになった。

 

悪い空気ではない。
喧嘩をしているわけでもない。
どちらかが怒っているわけでもない。

 

テレビでは、誰かが冬の温泉を紹介していた。


湯気の向こうで、タレントが「最高ですね」と笑っている。

 

恵理子はご飯を食べながら、画面を見ていた。


私は焼き魚の骨を箸でよけながら、何か話すことはないかと探していた。

 

「今日、寒かったな」

 

ようやく出てきた。

 

恵理子はテレビから目を離さずに、「冬やからね」と言った。