何もしない、というのは年末年始のことです。
日本人にとっては子供から大人まで一大イベントの大晦日、元日でございますが、
メキシコのばばあは昨年に続き、何もしません。
一昨年まではクリスマス休暇からほぼ年越しまで旅先で過ごしていました。
ある年はChiapasのインディオの方たちの村、別の年はTaxcoの夜景を眺めつつ、
また息子が大学生でこちらに来ていた時は近場のPátzcuaroに行ったりもしました。
その土地のレストランでクリスマスの食事をし、一人でもそれはそれで周りの人と
仲良くなったりして一年無事に過ぎたことを感謝したりしてました。
日本に居た時は、禅宗の寺の娘である私は、年越しのお寺の行事を手伝いながら
過ごすのが基本でした。ただ、両親が居なくなってからは、皆さんそうでしょうけれど
距離は広がり、行ったとしても滞在期間も減り・・・
ですが、いずれにしても小さいころから刷り込まれた年末年始の厳かな(じぶんちで
除夜の鐘つくわけですし)匂い、というか雰囲気はしみ込んでいて、目を閉じれば
ご本堂の冷たい空気や父の読経の声、なんかが蘇るわけです。
そうではあるのですが、ここはメキシコ中央高原地帯でありまして、連日27℃くらいの
晴天の続くQuerétaroです。そしてまだ終息にはしばらくかかりそうなパンデミックの
中でもあり、昨年も今年も旅には出ていません。そして今年はこのアパートメントに
引っ越して、下に住むメキシコ人の猫使いとそのパートナーのカナダ人のご老体
アーチストと共に、クリスマスディナーに続き年も一緒に越そうかねぇ、と言っている
次第です。
クリスマスには、テイクアウトのPozole*¹に、私が少々料理をして3人で乾杯、
Pozoleってさ、独立記念日に食べるよねぇ・・・とか言いながら。
年越しはTamales Oaxaqueño*²を売りに来るお兄さんに予約注文したので
持ってきてくれるはず。なのでそれで乾杯、の予定です。
他には何もしません。
でも、今年は本当に感謝です。
まず自分を含め近しい人が皆健やかでいること、それから今年は退職、
転居と大きな生活の変化があったにも関わらず、細かいことは置いといて、
およそ順調に、思ったようにこうして新年が迎えられること。
更にはありがたいご縁で、とある日系企業からフルタイムでない
業務提供のオファーを頂いて、1月から少し働く機会が与えられたこと。
これで蓄えを食いながら暮らさなくて済むのですわ~
*¹(大粒トウモロコシの入ったスープ)
*²(オアハカ風タマル、タマルはトウモロコシの粉を練った
中に具が入っていてトウモロコシの皮に包んで蒸してある)