ツール・相手にどうしてもらいたかったか?
では、クラクションの例に戻って解説します。乱暴にクラクションを鳴らすかわりに、わたし達は相手にどうしてもらいたかったのかを具体的に考えると、感情を静める効果を得られることがあります。例えば、乱暴に鳴らすかわりに、おだやかに鳴らしてほしかった、といった具合です。
そうね、穏やかに鳴らしてほしかったわよね。
このように自分に共感してあげてください。相手に具体的にどうしてほしかったのかを考えることで、怒りのなかに埋もれていた感情、主張(心の叫び)に耳を傾けることができます。
というのも、怒りを覚えるような出来事が起きたばかりのとき、人は頭のなかが真っ白になってしまいます。適切な癒しのワークをしないまま怒りを放っておくと、怒りのなかにある傷や寂しさや恐れだけでなく、心の叫びなども埋もれてしまうのです。
そういったことが長年の習慣になり、消化されていない怒りがためこまれると、それはときに病気という形になって浮上してきます。自分の感情に耳を傾けないことはそれほどの悪影響があるということです。
また、クラクションの例で言えば、乱暴にクラクションを鳴らした相手は今ごろ、もうどこか遠くを走っていて、穏やかに鳴らしてほしかったのよ!と訴えたくてもできないでしょう。こういったことは日常的によくあることだと思います。
相手に言うべきことを言えなかったという怒り、悔しさにたいしても耳を傾け、共感してあげることが大事です。
言いたいことを言えなかったことがすごく悔しかったのよね。無理もないわよ、そういうときってあるわ。そういうときって苦しいわよね。
相手に実際どうしてもらいたかったのかを冷静に観察するようになると、その場にふさわしい自己主張の練習にもなります。たとえば、いつも帰りの遅い夫に沈黙で怒りを表現するとか、親の対応に怒鳴り声をあげるというのではなく、「もっとあなたと会話がしたい、一緒に過ごしたい」とか、「もっと自分のことを理解してほしい」といったように、言い合いではなく、話し合いができるようになります。
とくにこのツールは、感情的になってしまったときに、物を壊したり、あるいは他者に手をあげてしまう習慣がある人にとって、重要なワークになると思います。このようなタイプの人は、自分の考えていることや感じていることを言葉に表すことが苦手なので、近親者となにか言い合いになったときに、言いたいことを言えないもどかしさが最大のストレスとなります。そのストレスが物を壊す、手をあげるということになってしまうのです。
感情的になったときは、ひとりになれる時間や場所を作り、このワークをしてみてください。「自分はなにに対して傷ついたのか、寂しいのか、恐いのか、それを相手にどうしてもらいたいのか? ただつっぱねてもらいたいか、あるいはその孤独や恐れを理解して、見守ってもらいたいのか」そういったことを冷静に、客観的に観察するのです。
ちなみに、日記をつけるのも自分の考えていることや感じていることを言葉にする練習になります。とくに、なんでもない日常を綴るよりも、今日自分がなににたいして腹が立ったのか、傷ついたのか、実際はどんな風に接してもらいたかったか、そういったことです。これまで紹介してきた感情を静めるツールを参考にしてみてください。