天使に助けを求めても、状況が改善されないとき



 今回は、わたし達をサポートしている見えない存在について解説します。

 見えない存在というのは、たとえば天使界の存在、いわゆる大天使や天使、そしてアセンデッドマスターと呼ばれる、地球で転生を終え現世の人間の学びのサポートに回っている、キリストやマリアやブッダといった存在などです。そのなかで、今回は天使界の存在を取りあげます。


 大天使や天使はひとりひとりの人間を守護し、生前の契約によって、個人を導こうとします。天使は基本的に、助けを求めないかぎり個人の人生に介入しないという絶対的な原則に乗っ取っているようですが、生前の契約にないタイミングで、死に瀕するかもしれない事件や事故が起きた場合、彼らは助けを求めなくても介入してきます。


 しかし、日常の悩みや願望について、天使に助けを求めたのに状況が改善されない、ということがあると思います。この場合、信念の法則がからんでいます。(このブログに頻繁に登場する信念の法則にまだ馴染みがない人は、テーマ別にアップしているので参考にしてみてください。)


 たとえば、いつも自分は浮気をするような人と付き合う、という人がいるとします。その人が天使に自分ひとりだけを愛してくれる誠実な人と出会えるようにしてほしいとお願いします。しかし、新しく出会った人も時間がたつうちに浮気性であることがわかります。


 これは、その人のなかに「自分なんか愛されるわけない」というような信念が根づいているからです。幼少時代、愛の感じられない育てられ方をされると、そのような信念が根づくことがあります。なのでいくら天使に助けを求めても、その信念が願望実現をブロックしてしまいます。しかしだからといって、天使たちがなにもしないというわけではありません。


 天使たちは、その人が願望を実現するために、「手放す必要のある信念があるよ」と気づくようなことをします。たとえば、夢、映画や本、あるいは他者を介してメッセージを送るというようなことです。また、上にあげた例でいえば、浮気性な人をあえてそばに置くということもします。あなた自身がそういった状況を創造してしまう理由を考えてごらん、というようにです。


 信念というのは幼少時代に根づくものであったり、あるいは前世から持ち越していたりします。引き寄せの法則にもとづいて、理想のパートナーをありありとイメージする、楽しいことをして幸せな気持ちになる、ということをしても、「自分なんか愛されるわけない」という信念が思考のずっと奥に根づいていれば願望実現はブロックされます。その信念が根づくきっかけとなった出来事による感情を癒し、信念を手放すワークをする必要があります。




 信念の法則とは?

 最近アクセスがかなり増え、このブログで頻繁に登場する「信念の法則」というものにまだ馴染んでいない人たちのために、今回はあらためてわかりやすく解説します。

 信念の法則と引き寄せの法則は違います。

 引き寄せの法則では、たとえば理想の恋人や結婚相手を引き寄せるために、理想像を具体的にイメージする、恋愛映画や恋愛小説によって擬似恋愛を体験しすでに恋人がいるような波長になる、ベッドの片側で眠るようにする、クローゼットの半分を相手のためにスペースを作っておく、という方法がたくさん紹介されています。

 しかし、今あげたようなことを実践しても「自分なんか愛されるわけがない」という信念が根づいているのであれば、願望の実現はブロックされます。

 引き寄せの法則というのは、思考という表面だけに働きかけるので現実が変わりません。現実を創造しているのは、思考のずっと奥に根づいている信念だからです。捉え方を変えても現実が変わらないのはこのためです。信念が変わらなければ、捉え方を変えようとする作業は永遠に続きます。信念が捉え方、思考を作っているからです。信念が変われば、変えようとしなくても捉え方や思考が自然に変化します。

 信念というのは大体、幼少時に根づくものです(過去生から持ち越すことも多々あります。)たとえば「自分なんか愛されるわけない」という信念の場合、親から愛の感じられない育てられ方をすることで根づきます。もしその信念を手放さなければ、その子供は大人になってもそれを投影するような出来事をくり返し創造します。そしてそのまま今世を終えれば、次の転生に同じ課題として持ち越すかどうかを自由意志によって選択することになります。

 なので理想の恋人や結婚相手を引き寄せたいのになかなかうまくいかない場合、自分の幼少時代などを辿り、どのような手放すべき信念があるのかを見つけ、ワークをする必要があります。また同時に、そのような信念が根づくきっかけとなった出来事による傷や恐れや寂しさを癒すことも大事です。

 ちなみに、人々に思いやりを持って接したり、ボランティアといった慈善活動に参加したりすることはすばらしいことなのですが、人はときに、こういったことをすれば回りまわってお金や愛を自分に引き寄せることができると思って行動することがあります。しかし根底に「自分なんか愛されるわけない」とか「どうせ自分はお金持ちにはなれないだろう」という信念があるのなら、願望実現はブロックされます。

 信念を手放すためのツールや感情を静めるためのツールはテーマ別に紹介しているので、よかったら参考にしてみてください。
 ツール*絶対的な存在はひとりもいない

 今回は必要のない信念を手放すためのツールをあたらしく紹介します。このツールは、あなたが必要のない物語(信念)を信じるのに大きな影響を与えた人物に関するものです。たとえば両親や学校の教師というように、あなたにとって絶対的であった存在です。
 
 たとえば幼少時代、親に虐待のようなことをくり返された人は、「自分は粗末に扱われてもしかたない」というような信念が根づくようになります。そういった信念が根づいていると、大人になっても粗末に扱われる、というような状況をくり返し創造します。

 どんな親であれ、子供にとっては絶対的な存在です。彼らの言うことやすることはすべて正しい、そういうことをされるのは自分が悪いからだ、と子供は思いこんでしまいます。つまり、彼らは絶対的に正しいのです。しかし、この世で絶対的な存在になれる人はひとりもいません。完璧な人はひとりもいないし、学ぶべきことがたくさんあるからこそ地球に転生してきています。

 幼少時に絶対的に正しく思えた人物も、あなたと同じようにまだまだわからないことが多い、ひとりの人間にすぎなかったということを知ることが大事です。そうすれば不条理な仕打ちによって根づいてしまった、自分が悪かったからとか、自分はそんなことをされても仕方ない存在なのだ、という物語に終止符をうつことができます。

 外側で起きる出来事や状況、また人々の言動によって、あなたの神聖さが揺らぐことはない、それが真実です。しかし、生まれ育った環境やさまざまな出来事によって、人間はいろんな意味を生み出してしまいます。こういうことがあったから、こういうことをされたから、自分はこういう存在なのだ、というようにです。物事にはすべて、最初から意味はありません。

 自分にこのように声をかけてみてください。言い方にかんしては参考までなので、自分にしっくりくる言い方があればそうしてください。大事なのは、自分にとって必要のない信念を手放すことです。また、客観的な声のかけかたをすると、過去の感情の当事者(感情にのみこまれてなにも見えなくなる状態)ではなく、感情の観察者(過去の出来事を冷静に観察する立場)になることができます。
 
 あなたにとって、その人は絶対的な存在だったのね。それだけ影響力があったってこと。そんな出来事がくり返し起きると、人っていろんな物語を作ってしまうのよ。たとえば、自分は取るに足らない存在なんだ、って。
 でもね、絶対的な存在である人はこの世にひとりもいないの。実はその人も、あなたと同じように、まだまだわからないことが多い、ひとりの人間にすぎなかったのよ。そんな風に扱われたからって、あなたがその物語を信じなきゃいけない理由はひとつもないの。
 あなたが長い間、信じてきた物語は実はすべて幻想だったの。もう手放すときが来たわ。だって、あなたにはふさわしくないんだから。これからどんな物語をを信じていくかは、あなたが決めるのよ。


 常日頃「自分が悪いからだ」という思考を意識的にも無意識的にもくり返している人は、このワークをくり返すことでそのプロセスに気づきやすくなるかもしれません。気づけるようになるということは、内側で確実に変化が起きているということです。それはいずれ外側に反映されるようになります。

 これからも必要のない信念を手放すためのツールを紹介していくので、参考にしみてください。

 
 壁に浮かびあがる文字

 今年に入ってから何度か、夜中に目が覚めると壁に文字が浮かびあがるということがありました。なにが書かれているんだろうと思い、じいっと見入るのですがだんだんぼやけていって結局わからずじまいです。

 最初は青い文字でなにか書かれてあったり、線が引かれてあったりするもので、なんとなく契約書のように見えました。恐いとはまったく思わず、不思議でしかたないという感じです。

 一度、6時以降にその山のなかにいると魔女に連れて行かれるというので、いそいで山を出ようとしている、だけど時間はぎりぎりで間に合うか間にあわないか…と焦っていると、気がついたら黒い服を着た魔女たちに取り囲まれている、という夢を見たことがあります。それでぴたっと目が覚めたとき、壁に青や緑の5文字ぐらいの言葉が円を描くように浮かびあがったので、まるで魔女からのメッセージのようでめちゃくちゃ恐かったです。(ブレアウィッチの影響が強いのかもしれません。)

 その文字も結局ぼやけていってはっきりわかりませんでしたが、こんにちは、とかそういった感じに見えました。やっぱり、魔女からのメッセージかも…。


 ポーチュラカ・マジカルキューティーの生命力

ポーチュラカマジカルキューティー

 この6月にホームセンターで買ってきたポーチュラカ・マジカルキューティー。写真の左上にある白い鉢ぐらいの量だったのがこの4ヶ月でこれだけ増えました(地植えに向いてるらしい)。真ん中のほうの葉はクリーム色にピンクの縁取りだったりで、ほんとうに可愛い種類。そして濃いピンクの花はずーっと途絶えることなく、次から次へと蕾がついてつねに満開状態です。

 冬は枯れてしまうそうだけど、根が生きていれば来年の春にまたぽつぽつと可愛い姿を見せてくれるようです。

 
 あえて悲劇をくり返す必要がなくなる

 前回までは、現世で広く行き渡っている宗教的思想、カルマの法則は幻想であるということ、実際に高次元の世界では殺人の加害者と被害者は生前の契約を結んでいるということを解説し、またどうして高次元の世界のしくみを知る必要があるのかを説明してきました。今回は、そういった高次元の世界のしくみを知ることが大事であるもうひとつの理由について解説します。

 もうひとつの理由は、現世でくり返される悲劇に終止符をうつため、というものです。

 人は学び成長するために、いくつもの転生をくり返します。なかには地球で数えきれないほどの転生をくり返し、学び続けている魂も少なくないと思います。地球はそれだけハードで高レベルの学びの場所なのですが、高次元の世界や信念の法則のしくみを知ることで、わたし達はもう何度も転生をくり返す必要自体がなくなってきます。
 
 わざわざ殺人の加害者や被害者になったり、戦争やテロや貧困をくり返し経験しなくても、わたし達はもう学び成長できる段階に来ているということです。

  たとえば現在、生前に殺人の加害者と被害者の契約をして、転生してきている魂があるとします。彼らが生前の契約の意味や、信念の法則についての知識を得ることができれば、生前の契約どおりこれから起ころうとしている、殺す殺されるという悲劇を食い止めることさえできるのです。

 そんなの契約違反になるんじゃないのか?と思うかもしれません。宇宙には絶対的な法則のひとつ、自由意志の尊重があるので、契約を強制できる存在はいないのです。そしてそもそも、彼らは必要のないある特定の信念を手放すことを最終目的として、その契約を結んでいます。自分を守るためには敵を殺す必要があるという信念のあった魂が、悲劇を起こさずとも、分かちあえば殺しあう必要もなくなるということを学べば、当初の目的であった必要のない信念を手放す結果となります。立派に、契約(目的)を果たしています。

 転生を終えて、契約違反として違約金を請求されることはまずないでしょう。

 

 問題にエネルギーを注がないために

 前回までは、たとえば人を殺したらどこかで(来世)で自分が殺される側に回る、というカルマの法則は人間が作りだした幻想であり、同じ目に遭うかどうかは個人の自由意志による選択になる、ということ。また、殺す殺される人はお互いの学びのために生前の契約で同意している、殺されるほうは無駄死にだとか、損な役回りだという人間の感情があったとしても、高次元の世界に有効無駄とか損得という概念自体がないということを解説してきました。

 今回のテーマを読んでいて、「ここは地球なんだから、高次元の世界のしくみを知ったとしてなんの役に立つんだ?」と思う人がいたかもしれません。なので、今回はどうして高次元の世界のしくみについて解説したのか、という理由をアップします。

 まずひとつに、感情的なドラマやそれに費やされるエネルギーを省くためです。

 わたし達は毎日のように報道されるニュースだけでなく、日々の生活のなかで、さまざまな悲劇や感情のドラマを目にし、耳にしています。もし「あんなことをしている人はゆるせない! こんな奴は裁かれるべきだ!」というように、感情的に反応したとしても、その人たちの問題は解決しません。

 また、感情的に反応すると、そこに問題があるということを認めることになります。問題があるという状況にエネルギーが注がれるので、さらなる問題を自分の人生に引き寄せることになってしまいます。

 たとえば、反戦運動やデモを起こしたとしても、対立や混乱を深め、人々はもっとばらばらになってしまいます。香港のデモによって、民衆の間にさらなる対立や混乱が起きてしまったのはこういったことをあらわしています。憎しみは憎しみを生むだけです。外側を変えようとしても状況は変わりません。反戦運動ではなく、人々が集まって平和にかんして祈るほうが平和を引き寄せることができます。みなが内側に平和を作ることで、それが外側に反映されるからです。

 ニュースで流れる残忍な殺人事件や虐待事件などを見て、感情的になったとしてもやっぱりその人たちの問題は解決しません。感情にのみこまれ冷静さを失えば、見えてくる真実も見えてこないでしょう。もし高次元のしくみや信念の法則についての知識があれば、問題を冷静に観察することができるようになります。

 わたし達人間はなにも見えない闇のなかにいるとなにが起きているかわからず混乱し、感情を取り乱してしまいます。しかし、闇のしくみを知ることで、自分たちで闇のなかに光を差し混乱を収めることができるようになるのです。

 その人たちはこのような信念があるからお互いを引き寄せている、そして生前でもそのような契約をしたんだろうとわかれば、自分のまわりで起きている悲劇や問題を冷静に見守ることができるようになります。さらなる憎しみを生み出さずにすみます。同じ信念同士で引き寄せあっている人たちのなかに誰かが割り込んで入っても、彼らの問題は彼らにしか解決できないのです。他者が彼らの必要のない信念を手放させることはできない、ということです。

 次回はもうひとつの理由について解説します。

 同じ目に遭うかどうかは自由意志による


 前回は因果応報、カルマの法則が幻想であることを解説しましたが、今回は現世での殺人の加害者、被害者の関係が、高次元の世界ではどのようなしくみになっているかを説明します。そのためにはまず、生前の契約について理解することが大事です。

 

 人間は転生する前に、自分にどのような学びを課すかという契約書のようなものを作ります。たとえば「自分を守るためには、相手を消す必要がある」という信念をもつ魂があるとします。その魂は、そのような信念を手放さないかぎり、どれだけ転生を繰り返したとしても、それを投影する現実を創造することになります。人を殺したり、あるいは自分が殺されたりということです。しかし、その信念を手放すか手放さないかは、本人の選択になります。


 もうひとつの宇宙の絶対的な法則、自由意志の尊重があるからです。


 もし、その信念を手放し、命は奪い合うのではなく、慈しみあうものだという信念に変えることを生前の契約に記すとしたら、その信念を持っていることに気づくようなことをしてくれる家族や、生まれ育つ環境などを選ぶことになります。


 殺人の加害者と被害者は生前に、お互い殺す殺されることに契約しています。その出来事によってどのような学びを得るか、信念を手放すかどうかという課題が含まれます。そして、現世で人を殺した人がふたたび地球に転生し、殺される側にまわるかどうかは、個人の自由意志による選択になります。


 学びは地球のみで行われるわけではなく、人間のように肉体を持たない次元で学びを得ることもできますし、過去と呼ばれている次元に転生することも可能です。(時間は幻想なので、実際には過去や未来は存在しません。たとえば江戸時代と呼ばれている次元に転生することも可能です。) あるいは転生しないということも選択のひとつです。


「じゃあ殺されたほうは無駄死にじゃないか?!」とか、「損な役回りなだけじゃないか?!」と思うと思いま す。人間ですから。毎日ニュースで報道される残忍な事件を目にし、自分が被害者の家族だったらと想像すると、とうていゆるせることではないと思います。ただ、損得とか、有効無駄というのは人間世界ならではの捉え方であって、宇宙の高次元の世界ではそのような概念がありません。今はそのことをとりあえず知っておく、という段階でじゅうぶんだと思います。


 カルマの法則や因果応報の概念を信じてきた人にとって、今回のテーマは混乱を起こすものになるかもしれません。人によってはぼんやりする感覚があると思います。それは長い間信じてきた人間的な概念が崩壊しているからです。


 ここは地球なので高次元の話をしても仕方ないだろ、と思うかもしれません。どうして今回、高次元の仕組みについて解説したのかという理由を近いうちにアップします。 


 

 カルマの法則は幻想

 後悔と反省の違いについての記事を読んで、「じゃあ、人を殺したとしてもゆるされんのか?」と思った人がいるかもしれません。結論から言うと、答えはイエスです。なにをしたとしても、あなたはこの宇宙に100パーセント受け入れられ、愛されている存在です。

 たとえば人を殺したら、この地球の世界では裁判にかけられ、牢獄に入れられ刑に服す、ということになります。今回は、逆に高次元の世界ではそういった事がどのように運ぶのかを解説していきますが、まずカルマの法則というものが幻想であることを説明します。

 地球では、
カルマの法則、因果応報、自分のしたことはどこかでそっくりそのまま同じことが自分に返ってくる、という概念(宗教思想)が広く行き渡っています。人をいじめれば自分もどこかでいじめられる。人を殺せば自分も来世などで殺される、というものです。


 しかし、カルマの法則、因果応報の概念は人間が作り出したもので、高次元の世界には存在しません。ただ、自分のしたことが必ずどこかでそっくりそのまま返ってくる、と信じているなら、実際にそうなります。信じていることによって現実が創造される、というのが宇宙の絶対的な法則のひとつだからです。


 カルマの法則が人間ならではの概念であるという理由は、それが脅しや復讐の概念に似たところがあるからです。目には目を…、というハムラビ法典が良い例です。同じことが返ってくるというのを想像させることで恐れを駆り立て、その恐れを利用して正しい行いをさせるように人々をコントロールするという仕組みです。支配(コントロール)という概念は愛にもとづいていませんし、脅されなくても(恐れに突き動かされなくても)人は成長することができます。


 同じことが返ってくるのが真実であれば、なんらかの被害に遭った人は加害者に同じことが起こればいい、と望むようになってしまこともありがちです。 加害者が同じ目に遭わないのなら、被害にあった人は気持ちがおさまらない(浮かばれない)、という人間の感情的な心理や復讐心です。また、カルマの法則には、痛い思いをしなければ人は成長できない、という罰の概念に似たところもあります。「後悔と反省の違い」の記事でも書きましたが、罰という概念は愛にもとづいていません。


 そして、カルマの法則は人に罪悪感を抱かせることもあります。たとえばレストランで感じの悪い店員に接客をされたときに、「自分も若いころ同じように無愛想な接客をしていた。それが今になって自分に返ってきたんだ」と自分が悪いからこういう目に遭う…という思考にくり返し陥るのなら、そんな罪悪感は捨てちまってください。反省はしても、後悔をする必要はないのです。そんな風に罪悪感を覚えていればきりがないし、罪悪感は自分に罰をあたえるような出来事を引き寄せます。あなたに罰はふさわしくありません。(このくだりを詳しく知りたい人は、後悔と反省の違いというテーマを読んでみてください。)


 今いくつかあげた例のように、カルマの法則が恐れや、他者の不幸を願うということ、また罪悪感に繋がるのであれば、真実ではありません。宇宙の真理の土台になっているのは愛だからです。ここがポイントです。もしカルマの法則の概念が愛にもとづいているのであれば、恐れや復讐心や罪悪感を生みだすことがないのです。逆に、愛にもとづいたものは愛だけを生みだします。

 

 ちなみに、人を殺したりいじめたりという行為をしている人はそれなりの低い波長になります。その波長に見合った人や出来事を引き寄せるのはたしかですが、これらは罰ではありません。低いエネルギーが低いエネルギーを呼び寄せるという物理的な法則の結果です。また、その人たちが因果応報を信じているなら、同じようなことが起こります。カルマの法則が現実を作っているのではありません。個人の信念がそれぞれの現実を作っています。


 

 イルカに呼ばれて

 今まで何度か、夢のなかにイルカが出てきたことがあります。

 わたしはイルカにたいして、純粋で高知能、姿が見られると運がよい、幸先がよい、幸運や希望を運んできてくれる、人生を楽しむことを教えてくれる存在のようなイメージがあります。

 最近見たのは、目の前に海が広がっていて、イルカが海面から飛び出してくるのですが、飛び出したとたん、紙などで作られたイルカに変身してしまうのです。それで、近々、なんらかのチャンスと思えるような機会がやって来るとしても、それはフェイクだから気をつけなさいという意味だろうと思いました。

 夢自体がとてもリアルで、海のなかでイルカと泳いでいたりすれば、それはほんとうにエネルギー体となった自分がその場所に行っているのだと思います。一度、海岸のちかくで数頭のイルカが泳いでいるのを間近に見ている夢を見ました。そのときの彼らは泳ぐというよりは、静かに波間に漂っている感じで、わたしも一緒にそばで波に揺られていました。あのときは実際、あの場所に行ったか、あるいはイルカに呼ばれたのだろうと思います。
 
 たぶん、今はなにも考えずに流れにまかせなさい、というメッセージだったのかもしれません。

 ちなみに、イルカは人間と同じ知的生命体でありテレパシー能力があるので、スピリチュアルの感度が強い人には個人的に意思疎通を図ってくることがあるらしいです。