2005年〜2007年 | そこねハンターのブログ

2005年〜2007年

前回は2004年までに500万円位の投資の元手となる資金を作るまでの話でしたが、その後の2005年~2007年頃(26歳から29歳)を振り返ってみる事とします。

2005年は年初は12000円だった日経平均株価が17000円近くまで上昇するとても良い年で、基本的に株は何を買っても値上りしました。私の方も500万円位の資産が2005年末には850万円、2006年には1000万円強と順調に増えていきましたが、2007年はサブプライムショックもあり資産は横ばいで1000万円強でした。2005年も資産は増えてますが現物を買っては少し値上りしたらすぐ売るという感じで、株の売買はあまり上手ではなく投資で儲けているというより給料を貯蓄している感じです。


  ※日経225の推移だが2005年に大きく上昇するも一進一退を繰り返し、2007年にサブプライムショックが起きた

この頃はレンズ会社のエンジニアをしていたのですが、アメリカの会社らしく机がパーテーションで区切られていて比較的専門的な問い合わせに答えるのが仕事であり、昼間も比較的時間の余裕があるし、落ち着いた仕事で17時には帰宅できる仕事でした。時間があったので英語の勉強をしたり、フィナンシャルプランナーのAFPを取得したり、ファイナンシャルプランナーのスタディグループ、外為ドットコムのセミナー、mixiの株オフ会等にも時々参加して人の話も聞いてみる事にしていました。

投資の本なども色々読みましたが割と好きなのはウォーレンバフェット、竹田和平、本多静六の本だったりします。自分の場合は頻繁に売買する派手なデイトレードや花形の成長株を買っていくような手法よりは、割安な銘柄を物色して購入し長期保有するようなスタイルが合っているのかなと思っています。しかしあまり大きなリスクも取れないところがあり、ここぞというタイミングで思い切ったポジションを取る決断をする事がなく、分散していつも一定割合のポジションを持つというやり方を取ってきました。

2007年にはサブプライムショックというのがありました。この時も資産の何パーセントを国内株、海外株、預貯金、債券、外貨などに分けるというやり方でしたが、結局国内外を問わず株はやられ超円高になって外貨もやられて、預貯金以外は全てやられました。円安株高であれば預貯金以外何でも良いが、逆流すると全部ダメなので分散投資なんて何の意味もないのだなという事が良く分かりました。

しかし、サブプライムショックの後も資産の資産の何パーセントを国内株、海外株、預貯金、債券、外貨などに分けるというルールに固執し続けたので、サブプライムショックで株価が下がり資産に占める現金割合が多くなって元のポートフォリオの割合に戻す為に、逆張りでどんどん国内外の株式へ追加投資しました。その結果、翌年の2008年のリーマンショックも対処できずやられる事になります。

この時の反省として資産の何パーセントを株と債券と外貨に振り分けると言うようなポートフォリオに固執してはいけなかったという事です。必要な時には全部株、全部外貨、全部現金とか思い切ったポジションを取って投資していくか、投資しないという判断で守るという適切な判断がタイミングによっては必要なのであろうと思います。また現物だけのポジションは下げに対処できないのでオプションや信用取引を活用したヘッジという事も下げ相場では考えなければ行けないのだろうと思います。上がり続ける相場というのはないですから次に下がる相場では必ずうまく乗り切りたいと思っています。