九州時代3 | オペラ歌手くみバードの、ひたすらオペラな人生

オペラ歌手くみバードの、ひたすらオペラな人生

主催している「ありどおろ座」オペラ団の情報や合唱の練習など音楽家としての生活です。

その頃桐朋学園創始者でもあるの井口基成氏がレッスンにやってくると周りでは大騒ぎでした。
レッスンしてもらう事も出来たのですが、母がとてもコワイという噂を聞いてきてやめました。
後になってこの選択は本当に良かったと思いました。
まだ子供だった友人(女の子ですョ)は往復ビンタをくらったそうです。

ただ周りが桐朋ブームになり、一応夏期講習を受けに行こうかという事になりました。
母と二人、妹を残して寝台列車で上京して数日間宿に泊り
ソルフェージュやピアノのレッスンを受けました。

ソルフェージュは小学校2年生で音楽教室をやめて以来やった事がないので
音は取れるのですが、どう書いたらいいかわからなくて困りました。
帰宅してから桐朋を卒業したばかりの人のおうちへソルフェージュのレッスンに通う事にしました。

この人のおうちはものすごい豪邸で門を入って玄関まで山の様な坂を上りました。
レッスンしている部屋からは広大な庭が見えました。

「お金持って凄いな」と別にうらやましくもないのですが感心しました。


ピアノの方は昔習っていた教授に再びみてもらう事になり月に1回上京しました。
相変わらず寝台車を乗り継いで朝6時前に東京駅に着き、
駅で朝食をとって東京でのソルフェージュのレッスン、
お昼を食べてピアノのレッスン、
終わってからまた寝台車に乗って帰宅する、という生活が続きました。

「あの頃は辛かったネ」と母は言いますが私の方はあまり覚えていません。
子供だったし旅好きな私は結構楽しかったのかもしれませんでした。