久々に映画
を見に行きました。
タイトルが印象的なこの作品。
以前から気になっていたものの、原作は読まないまま
映画をみてしまいました。
設定が分かった時点で「世界の中心で愛を叫ぶ」のような
展開を予想したのだけど
それとはもう少し違っていました。
まず二人は恋人同士ではないこと。
でも、お互いに自分にないものを相手の中にみつけて、憧れていること。
相手を好きな気持ちとは別に、相手のような存在になってみたいと願うこと。
(かたやクラスの人気者、かたや孤高の読書人)
恋愛感情に近いけれど、それとはちょっと違う。。
これって、思春期独特かもしれませんね。
「ラ・ラ・ランド」
のラストでも思ったのですが、
今は恋人同士が熱く思いあって、お互いを強く求めあうのではなく、
どこか友人のような立場で相手の夢を応援したり、
遠くで見守るよ。。的な感覚なのですね![]()
私は恋愛ドラマ全盛期に青春時代を送ったので
なんだか草食な感じがして物足らないと正直思うのですが、
これも世代間ギャップなのでしょうか![]()
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とはいえ。。後半はやはり涙涙。。。でした。
「(人の命は)明日事件に巻き込まれて死んでしまうかもしれないし、
君と(余命宣告された)私の命の重さは一緒だよ。」という
彼女の言葉にはっとしました。
自分は高校生のころ、こんなに目が開かれていただろうかと。
主題歌のミスチルの「Himawari」もよかったです。
「日陰に咲くひまわり」のフレーズが少女を連想させます。
膵臓に関して、苦しい思い出を抱えています。
むかし、付き合っていた人が、すい臓がんを患って亡くなりました。
がんが見つかったのは私と別れてしばらく後で、見つかった時には遅かったこと、
若かったので進行が速かったこと。。遠距離で様子が伝わらなかったこと。。
さまざまなことが重なり、私が知ったのはもう亡くなった後でした。
このことで誰も私を責めたりしなかったけれど
ずっと心の中で硬い岩のような塊りとして残っています。。
彼のプロポーズを受けて結婚していたらどうなっていただろうか、と。
少しでも前向きな気持ちで暮らすことで、病気の発現が遅らせられたのではないか。
そんなこと思うのはお門違いだと、わかっているけど、
思わずにはいられませんでした。
もうずいぶん昔の話です。
年上だった彼の年齢を私はとっくに追い越してしまいました。
「きみの膵臓をたべたい」
相手のようになれるなら。。と思う気持ち、すこしだけわかります。
もう思春期ではないけれど、相手の一部と一緒に生きていきたいと
思う気持ち、思い当たり、せつなく、苦しくなりました。