それでは、展示室内部です。
佐世保浦頭港への引揚の歴史を年表で説明してあります。
引揚者の多くは、栄養失調や下痢・皮膚病、さらに敗戦の失意と迫害による精神的疲労で、身も心もボロボロの状態だったそうです。
(さらに無言の帰国をされた方、船内で亡くなられた方もおられました)
そこで手続きを終えると衣類や日用品の支給を受け、2·3泊後、南風崎駅からそれぞれの故郷へと帰られたそうです。
ようやく家に帰れると、どれほど嬉しかったことでしょう。でも、大切な人と無事に再会できなかった方もおられたのだと思うと・・・
資料館の方によると、このような給付金に対して、やっかみの声もあったのだそうです。でも、その悲惨な体験はお金では解決出来ないものであり、当事者でなければ分からない苦しみがあったはずだと仰っていました。
終戦当初は、引揚の主体は軍人・軍属と考えられていたのですが、敗戦により海外邦人の安全が脅かされるようになり、内乱や政情不安の続く異郷の地からの帰国を余儀なくされました。
昭和25年、佐世保引揚援護局は大村に移転し閉局。昭和56年には検疫所の建物も解体されました。
その後、資料館を含む記念公園建設の計画が持ち上がり、全国に寄付を募りました。
寄付金約1億円に佐世保市が2億円を出資し、昭和61年に完成しました。
資料館は平成28年にリニューアルされています。
無料で観覧できますので、是非たくさんの方に足を運んで頂きたいですね。
小規模ですが、内容は分かりやすく、とても勉強になりました。
このあと「引揚第一歩の地」へ立ち寄ってから帰ろうと思います。