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ペンを持ち 花を愛で

辛い世渡り、無理に笑って過ごすのは難しいけれど、
日々の幸せを見つけて、自分の人生を歩んでいきたい

こんばんは。バス

 

ずい分と間が空くうちに、年を越してしまいました滝汗

 

前回前々回からの続きです。

 

戦争画展「記録をひらく 記憶をつむぐ」最終回です。

 

今回「どうううしても、行きたいっびっくりマーク」と大きな動機となった絵がありました。それが藤田嗣治「アッツ島玉砕」こちらです。

 

ちょっとサイズダウンさせたので分かりにくいですが、とても陰惨な絵です。

 

これをちょっとマンガ風にしたもの。

 

とても大きな作品で、画面いっぱいに武器を向け合い、今まさに殺さんとする姿や、誰かも分からない死体となって折り重なっている姿や…敵味方入り乱れて、まさに地獄絵図にしか見えない光景が展開されているのです。

 

NHK「日曜美術」に出演していた坂本美雨が本作を前に涙しながら「どうとらえて良いか分からない悲しい」と呟いていました。私もこれを目にした時、まさに同じことを感じました。

 

戦争画はプロパガンダのためのものです。戦意高揚を狙ったものなのです。しかしどう見てもこの陰惨な光景は、現代の人間から見れば「反戦争」の意識しか芽生えないものです。

 

実は、戦況が悪化していき、国は神話の生成によって国民の戦意を高めようとしたのです。この絵の舞台となったアッツ島では、日本兵は全滅したそうです。そして同じ頃山本五十六も戦死し、国民は大きく動揺したそうです。そして多くのメディアは全滅を「玉砕」という言葉に置き換え美化し、「仇討ち」という感情を国民の間に醸成させていったというのです。この作品もそんな中のひとつとして生まれたもの。

 

こちらも藤田嗣治「サイパン島同胞臣節を全うす」“バンザイ・クリフ”と呼ばれたマッピ岬から、追い詰められた民間人が身を投げた悲劇的な場面です。この絵もまたとても陰惨で、乳児の死体があったり、銃口を口に入れ足指を引き金にかけ、今まさに自殺しようとしている兵の姿などが画面いっぱいに描かれているのです。

 

何度も何度も見入ってしまい、その場所を離れて次の絵を見に行っても、思わずもう一度引き返して見てしまうほど、とても迫力があり、何か心を動かす作品です。

 

しかし同時に思うのです。「こうして心動かされるということが、実は国が、軍部が狙っていたことではなかったか。その意図の下制作された作品ではないのか」これを大勢の人々が見て(実際戦争画の美術展は大盛況だった写真がありました)アメリカやイギリスに敵意を抱き復讐心に駆られていった…

 

そう思うと、まるで自分の心さえ人質に取られた気になり、「どうとらえていいか分からない」非常に苦しい思いがしたものでした。

 

これは悪名高い旧日本軍の行いのひとつ「死のバターン行進」直前の風景。手前が捕虜の兵たち。中央が日本軍。そしてそれを遠巻きに現地の人々が見ている。その後の悲惨な行進を思うと、手前の捕虜兵たちの姿が切なすぎるのです。

 

フィリピンを代表する画家の作「バターンの少女」悲惨な行進で犠牲となった兵士を悼む姿は、聖母マリア像を思い起こします。

 

飛んだが最期、二度と戻ることのできない特攻隊の今まさに飛び立たんとするところ。その群衆の中に、少女がひとり、絵の鑑賞者の方に顔を向けています。まるで何かを訴えるかのように、厳しい表情で。

 

大人の愚かさを糾弾しているように見えます。

 

恐ろしいことに、この絵を見に行った後の今、まさに世界情勢は未曾有の危機へと向かっているように見えます。第二次大戦後の世界秩序が崩壊していくのを目の当たりにし、恐怖が背筋を走ります。

 

国内においても、威勢のいい大声がまかり通り、小さな声をかき潰していく事態が現実に起こっています。人の命が簡単に失われ、哀しみに暮れる家族が増え、不安はさらに不安をかき立て、自暴自棄にならんとし、そして向かっていく先も分からず突進していく。

 

戦争画が私に問いかけるものは、あまりにも重いものでした。

 

知らない、じゃなく知ってほしい。知る義務があるものも、この世にはある。きっと、ある。