読書の記録

読書の記録

本の詳しい内容を記録しています。

Amebaでブログを始めよう!

2016.01.13 大和朝廷の起源 邪馬台国の東遷と神武東征伝承


著者 安本美典  勉誠出版 

平成17年7月30日初版 A5サイズ ハードカバー

318頁 3200円


評価 85点

神武天皇稜ははミサンザイ古墳ではない。

天皇の在位年数の認識は数理的に導くべきである。

安本美典氏の古代史に対する卑弥呼が神話化し伝承化したものが天照大御神である。

邪馬台国の後継勢力は、のちに東遷し、大和朝廷となる。

これが、この本の主張である。

ある程度納得できるし、氏の主張は正しいと思う。

しかし、もう少し確証が欲しいと感じる面もある。




プロローグ 手つかずの不思議の世界


幕末、神武天皇陵は北浦定政の主張する畝傍山の一部の丸山、とする節と


谷森善臣の主張するミサンザイの地とする2節があり、天

皇勅裁のかたちでミサンザイとなった。


 尊皇倒幕の声が高くなると、幕府は朝廷対策の一つとして

天皇陵の補修を実施する「文久の修稜」という。


 十世紀までは神武天皇陵をはじめとする諸天皇の陵の所在地は知られていた。


律令時代、天皇陵には「綾戸」と「守戸」が天皇陵の番人としておかれていた

彼らは律令制における賤民の一つ、被差別部落村の発生や形成が古墳文化と関係があるのではないか



第一章  新しい文献学


倭人伝に記されている一里は100m程でしかない。


三世紀に勃興した邪馬台国はこの世紀の終わり倭王神武に率いられて東遷し、大和朝廷になった。


天照大神=卑弥呼とする仮説が、かなり矛盾が少なくデータを包括的に説明しうる体系である。


古事記日本書紀の上代の記事の基礎となったのは、「帝紀」「旧辞」である。



第二章 天皇の在位年数と寿命


古代最大の内乱、壬申の乱を経て天皇になった天武天皇は「帝紀」「本辞」には虚偽の記述が多いので


稗田阿礼に勅してよみ習わした、しかし天皇は国史の完成を見ることなく崩御し、持統文武の両朝を経て


女帝である元明天皇の時期に太安万侶に命じて稗田阿礼の詠むところをの本辞を撰録して献上するよう


に命じられて「古事記」が完成した。


「日本書紀」は官撰の正史である。 古事記が撰上されてから8年後の720年に元正女帝の時代に


元正天皇の叔父の舎人親王をはじめとする人々が撰者といわれるが、序文が散逸していて選録の事情


が明らかでない。


古事記は神代から推古天皇(33代9の時代まで、日本書紀は神代から持統天皇(41代)


朝鮮半島や古代日本においては1年を2年と数えることが行われている可能性が強い。


1年は穂がたれて刈り取れるまでを言う。


古代の天皇の在位年数が長いのはこういったことによるのかもしれない。



第三章 地名説話と歌謡


第四章 氏族伝承と帝紀



第五章 神武天皇東征の理由と時期


邪馬台国は北九州にあった。


大国主の神の勢力は出雲中心ではあるが、畿内大和にも及ぶ


南九州に天下った邇邇芸の命の子孫が神武天皇であった。


大和朝廷は徴税システムをもった国家として部族国家と戦ったのであり、


徴税システムの優位性から部族を比較的短期間に平らげ日本列島を席巻した。