心の花の11月号が発送されて、たくさんの人に私の連作を見てもらう機会が広がった。


 もう少しするとオンラインでも公開されるであろうその連作は、私自身が18年暮らした九州の家の暴力や、私自身が子育ての間に子供に手をあげたことなどを含めた、事実だけでできた連作だ。


 私は基本コンクール用の短歌には嘘をつかないと言うポリシーで歌を作っている。


 もちろん、音韻やイメージの関係から、白ワインを日本酒に変えたり、砂浜を公園に変える事はあったとしても、基本、起こった事実や心の動きそのものは真実のまま短歌の中に封印している。


 だから、どんな歌であっても私が読み返す時には、それの根拠になる出来事が、必ず私の頭の中にもう一度再生されることになる。


 例えば、育児の間にイライラして子供に手をあげてしまったことや、私が幼い頃に手をあげられてしまった事は紛れもない事実であって、それを一つ一つ告白するように作ったものが今回結社誌面に載った連作だ。


 短歌は一度世に出てしまうとどのように解釈されても作った本人には手の出しようがない。例えば、子供をたたいてしまった事実も、それを歌にしてしまえば、まるで毎日嵐のようにたたいていたかのように誤解されたって、それも仕方のないこと。


 特に今回は虐待の連鎖という重いテーマを扱ったから、読者によっては私がワイドショーのニュースになるようなひどい暴力を子供に振ったかのように勘違いされることも覚悟していた。


 けれども、実際に何人かの人たちからそれを面と向かって指摘されると、正直とても辛かった。


 坊さん保育士のくせに虐待なんてしちゃダメじゃない、とか、あなたの娘さんもきっとあなたのように家出するよ、とか、多分ブラックジョークのつもりで数人が私に吐いた言葉は、悲しいかな、私の心臓に刺さってしまってなかなか抜けない。痛い。ずっと痛い。


 私のように暴力の溢れた家庭で育った人はたいてい、どうにかして自分自身はその連鎖から逃れようと、必死でいいお母さんになろうとがんばる。


 それでもいろいろな悪い条件が重なって、子供に荒々しい言葉を吐くことがあったし、手をあげてしまったこともしっかり記憶している。普通の人だったら忘れてしまう程度の記憶も、私の中では絶対にやってはいけない掟破りの行為として、心に刻まれることになった。


 だからこそ自分への戒めとして記憶を短歌に封印したけれど、そこを正面からグリグリと指摘されることは想定外だった。


 けれども、こんなことでひるんじゃダメよね。私と同じように、決して幸福度100%でない家庭で育った人だって、いろいろもがきながら幸せな家庭を作ろうと頑張っているわけだから、わたしがしょげたらあかん。と思いつつ、まだ治りません。


 一部の人の真っ黒なジョークにまみれて、当人はそのつもりはないだろうけど、私の胃は冷たくなってしまう。


 こんなことが、これから何度も何度も繰り返されると思うけど、その都度、私はきっと回復して、やっぱり自分のやったことや自分がやられたことを歌い続けるんだろうと思う。


 今、ここが天国。


 なんだかんだ言って、子供たちと一緒に食べるパイの実はいつでもとっても、おいしい。


(嫌われもの代表格は、実は薬にもなる花)

・この上にどんな幸があるだろう わが子を抱いてわが子を抱けて


じゃあまたね👋

今ここが、天国。