最近私のお気に入りの作家が百田尚樹という方で、何に魅かれたというと、彼は関西で超人気TV番組、今や全国的になりつつある“探偵ナイト・スクープ”という番組を手掛けているという触書を目にしたことだった。さっそく彼の処女作【永遠の0(ゼロ)】を読み、以後【ボックス!】や【聖夜の贈り物(輝く夜)】を手に入れるべく某大型書店へ馳せ勇んだのである。
ところが本屋へ来て探すも無い! 確か検索機では在庫有りとなっていたではないか。どの書店でも【永遠の0】は平積み山積み状態であり、彼の他の作品がまったく無いハズがない。近くの店員を捉まえ、いや、この場合の私は、店員を犯人さながらに捕まえたという表現の方が相応しいのかも。
先程検索したプリントを店員に渡し、コレって店頭在庫ないんですか? と尋ねると、ああそれね。と彼の思考回路は一点を指示し、大脳からの行動指令を受け、計算され尽くしたナビのように最短距離でつたつたっとあるべき本の前へ。まさかと思ったが、まさしくそのまさかだった。店員は“ま行に始まる、も行”から迷うことなく、ホレっ、ここにあるでしょと言わんばかりに取ってみせた。
釈然としない私はコレって、も行に置いてあったら誰も分かんないでしょう。コレは、ひ行じゃないと駄目ですよと教えたのだ。するとすかさず店員は、「はぁ~?」とバカを見るような目で私にこういうのである。「ももた なおき」ですよねと。私もすかさず応戦。コレは「ももた」でなく「ひゃくた! なおき!」と叫んでいた。憶えておけ!とそこまでは言わなかったが、一番損なのが作家百田尚樹氏であることは間違いない。今もどこかで折角の販売チャンスを多く逃していらっしゃるのではと気の毒になった。
新年早々愚痴ってばかりいられないので爽やかな一枚を。近頃ご紹介が増えつつあるジュリー・ロンドンから『オール・スルー・ザ・ナイト』を。もちろん彼女のバラ色のようなヴォーカルもご機嫌だが、この盤に限っていえばバックを務めるバド・シャンク・クインテットを聴くため存在価値が数百倍にもなっている。
50、60年代のウエスト・コーストを代表するアルトマンといえばアート・ペッパーとこのバド・シャンクで大方片づけられる。いまだペッパーはマイ・フェイヴァリット・アルトマンなのに対し、バド・シャンクとなるとどうも食いつきが悪い。ペッパーの存在あるが故なのか、彼の作品はあれど何処にしまい込んだのか在処もあやふやだ。
男気のあるペッパー、一方シャンクのイメージは弱々しい、もしくは女々しい、か弱い、良く言えば女性的で可憐とでも言うのでしょうか。さらに60年代半ばにはビートルズなどのポップス・ナンバーに手を染めてしまい、そんなシャンクを聴いて吐き気を催したのも事実。しかし、ここでのシャンクは見直したぜ! と言わせるのだ。
コール・ポーター作、熱烈なラブ・ソング<アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン>のシャンクのイントロで釘づけになること必至。終始ジュリーと寄り添うようにシャンクが秘密めいたアルトを聴かせ、間奏部ではラス・フリーマン弾くカラフルなピアノ・ソロ、そして極めつけは最後の最後にやって来る。シャンクのアルトはエンディングの3秒で、森閑とした空気のなか小さく感動する。
-NO.610-
★丸の内イルミネーション(ティファニー前)★
これは昨年12月の或る夜。午後5時、一斉に灯が点される。色とりどりもいいが、単色が寄り集まったイルミネーションは暖かさと落着きを与えてくれる。どこか儚げで意地らしくもあっていい。