艶かしくも火のでるような音色にただ呆然とする | 新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

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独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-positively the most
 アルバム『ポジティヴィリィ・ザ・モスト』はジョニー・ソマーズの初々しさとマーティ・ペイチ楽団の格好いいアンサンブルを聴く。中でもアート・ペッパー吹く、艶かしくも火のでるようなソロが聴きたくてついつい手が伸びる狂喜乱舞の一枚だ。ジョニー・ソマーズおよび彼女のファンには悪いが、この章での多くはアート・ペッパーについて語りたいのでお許しを。

 私はアート・ペッパーについて無類飛切りのファンであり、反面それ故になかなか多くを語れずにいたのだ。そうと言いながらファン心理も微妙なもので好きの度合いにも周期のようなものがあることに気づいた。最初のペッパーとの出会いはジャズを本格的に聴きだした30年近くも前のことで、名盤とされる《モダン・アート》だった。さてそのきっかけとなったのは音、音色なのだ。こんなことを過去に書き記した内容も、たぶん彼の作品で頻りに褒め称えていたのはやっぱり音色だったと思う。それは初めて聴くペッパーの音色に、私の鼓膜が空前の振動を経験したときだった。それから経つこと15年、第二次ペッパー・マイ・ブームの折は《アマング・フレンズ》で彼の壮絶な人生を知り、70年代後半から80年代すなわちこの世を去るまでの軌跡を追ったのである。どうにもこうにもその神と崇め奉られた存在も、ひたすら生身の人間であることを知り私の方から歩み寄ったときである。更に15年の時を経たいま、第三次ペッパー・マイ・ブームはサイドメンとしてのアノ音色を探し続けることとして。

 それはスタン・ケントン楽団での万物の精気を呼び覚ますような、はたまたジョージ・ケイブルスとの《ブルー・ナイツ》における滾る生命力を放出させるが如しの強烈なパッション、そしてこのジョニー・ソマーズ盤で天空に上る想いを体現するに至る。たどたどしいとは失礼と思うが、そこがこの盤におけるジョニーの可愛さでもあり、私の心配をよそにマーティ・ペイチ率いる百戦錬磨つわもの達が彼女を護衛している。イントロはアルバム随一の凄みを含んだ格好良さが突進してくる<My Heart Belongs To Daddy>で幕を開ける。<It Might As Well Be Spring>、ここでは緊張のあまりか少し声も上擦ってしまうあたり、たいそう男心をくすぐられたりもする。先に戻って<My Heart Belongs To Daddy>の核心部分、いよいよ1分11秒のところで奥義を窮めたペッパーのあの音色を載せたフレーズが飛び出す。もう一度頼むと言われてもペッパーですら難しいのではと思う感性一発のソロだ。私はただ呆然とするのみ、ジョニーはただ心して歌うのみ。東洋的ムードもそこかしこに潜んでいて再認識させられた佳曲だ。ペッパーのソロといえば<So In Love>で威勢のいいのが出てくる。たいして好きでない曲でもこんなことされちゃうと一溜まりもないのは明白である。最後にジョニー・ソマーズの名誉のため書き足しておくが、彼女は「ワン・ボーイ」で一世を風靡したドリームガールなのであります。

-NO.555-


【蕎麦 江月・名古屋】

 名古屋の蕎麦事情として大きく二つの流れがある。一つは《春風荘系》とされるものと、もう一つが《紗羅餐系》とされるものである。その後者の枝派というのが正しいのか分からないが、すでに江月さんは独自の蕎麦打ちを確立されていらっしゃる。ここのお昼時のセット物は有難い。定番となった鮪漬け丼セットがいい。蕎麦も文句のつけようのない出来だが、蕎麦以外の楽しみがあってよく向かう私である。店内の大テーブルの端、この飾り窓越に零れる明かりが好きで空いてればいつもここに座ることにしている。