こんにちは、やまけんです。

 

 

つい最近、自分が社会学にとても心惹かれていることに気づきました

 

 

そもそもの私の最大の関心事は「ヒト」です。

「ヒト」が何を考えており、「ヒト」がどうすればより輝けるのか

 

 

このようなことの解明に、私のない頭を一生懸命ひねって取り組んでいるわけです。

 

 

このブログの目的も、おこがましいことも重々承知ですが、読んでくださる方が、より輝いて過ごせる一助になることです。

 

 

そのために、心理学であったり、哲学であったり、仏教であったり等を勉強してきたわけです。

 

 

上記分野に留まらず、様々なところから情報収集をしているのですが、自分が最も鳥肌が立つ領域って、

 

 

実は個人の心理学よりも、歴史的な文脈の中で、なぜ「国」「会社」「個人」等がこのような状況に置かれるようになったのかというマクロな話なんですね。

 

 

私の関心事である「ヒト」を理解する上で、自分が最も心震わされるものが、実は社会学なのではないかと昨日ようやく気付きました。。

 

 

で、実はマクロな目線で、個人について考えると、自分の悩みも解消されていくことにも気づいたんです。

 

 

なぜなら、社会的な背景についての理解が深まると、自分の悩みというのはある種、歴史の変遷や社会構造によって必然的にもたらされたように思えるものもあり、同じような悩みを抱えている人が無数にいるであろうことが簡単に推察されるからです。

 

 

他責で、「社会が悪いから、俺がこうなったんだ!」と結論づけるつもりは毛頭なく、

 

 

「社会がダメで落ち込んでいる人が多いなら、周りが輝く環境づくりのために自分に何ができるだろうか」と考えていきたいわけです。

 

 

例えば、言い尽くされてきたことではありますが、今の世の中の最大の問題の一つは、リアルの関係性が奪われ、人とのつながりが希薄化し、孤独を抱えている人があまりにも多いことです。

 

 

実は私自身、孤独です。「誰にも理解されないんじゃないか」という恐れを抱いています。自分にとってのホームグラウンドと呼べるところは少なく、むしろバトルフィールドが多く展開されてるのではないかと思ってしまいます。誰かと一緒にいても孤独を感じることがあります。

 

 

ですが、孤独を抱えている人が多くなった仕組みを、社会的な歴史の文脈の中で捉えることができています。

 

 

ですから、自分だけの問題として、被害妄想的になるのではなく、社会の問題として捉えることが出来ていて、それが私の精神的スタビライザーになってもいます。

 

 

そして、そのような立場に立って、初めて、孤独を感じている人たちを癒したいと思えるようになるのだと気づきました。

 

 

そして、周囲と共により輝かしい人生を模索していくには、現在の在り方をより解像度高く捉える必要があり、そのためにはマクロな視点での学習の深化が、私にとってはどうしても必要だと感じています。

 

 

例えば、私が書いた以下の記事にしても、他者との比較をやめられるように、少しだけマクロな目線から切り込んだ社会学的なアプローチをとって書いていると気づきました。

 

 

あるいは、ジョーカー考察記事も社会学的アプローチを取っているのかもしれません。

 

 

 

 

何はともあれ、社会学はめちゃくちゃ面白いので、これからこれまでの勉強に加えて、社会学の勉強も猛烈にしていき、皆さまにもそのエッセンスをお伝えしていければと思っています。

 

 

では、今回は以上とさせていただきます。

 

 

お読みいただき、ありがとうございます。

 

 

やまけん