Dino Painting

photo by Yukari



なんだか、歩く速度がいつもよりも遅い。


Peacenicがかねよ食堂に帰ってくる。


“おかえり。”


そうつぶやいた8/16の夕暮れどき。
桟橋の上。


自分の思い描く平和の姿にいまいちリアリティーを持てず、
鏡を眺めながらモノクロームの自分へ視線を合わせたり逸らしたりを
繰り返す日々があった。


ジョンやヨーコの描く平和や、
ボブの奏でる愛で喉を潤すことは容易いが、
溺れることは難しい。


誰かが考える幸せのカタチを、なんとなく感じ取りながら、
リネンのパッチポケットから、しわくちゃのメモ用紙とペンを取り出し、
私の幸せのカタチをつらつらと殴り描きした夏の日。


夕陽を眺める大勢の顔を見て、ホッとした。


きれいな夕陽は誰のものでもなく、
そのオレンジ色を額のなかで永遠の絵画とするのはもったいない。


その瞬間をフレームで切り取り、胸の中のアルバムに収めるのは、
その瞬間に立ち会い、その瞬間に気付き、
それを素晴らしいと思える感性を具えた私であることを確信させる。


私の凡庸な1秒1秒が、アルバムの1ページ1ページを埋め尽くし、
本棚に納まらないと嘆くような生き方が出来るであろうか。
或いは、整理できずに部屋を散らかし、溢れた描写の塊に埋もれながら、
疲れた身体を癒し鎮めるために眠ることが出来るであろうか。


ここが横須賀の海岸沿いであることよりも、地球星の日本であることよりも、
銀河の地球星であることよりも、宇宙の中の私であることを思い出させる。


たくさんの私と、それぞれの感性が集まり、
数えきれない笑顔の連鎖が生まれる。


一流のフランス料理店では味わえない、ばあちゃんの作ったおむすび。
都市の地下鉄のホームにはない、単線の無人駅の待合室。


そんな安堵感を与えてくれる笑顔。


陽は沈み、静まり返った海の向こうの山々の影。



夜な夜なベッドの片隅で膝を抱える思春期の少年が、
明日から旅に出ようと決めた朝。
窓からこっそり抜け出して、海へ向かって走り出す。



共にこの空間に存在できた皆に感謝。
この巡り合わせを与えてくれた皆に感謝。
ここまで支えてくれた皆に感謝。
300人のアーティストに感謝。



ありがとう。



これから先、世界はもっと豊かになる。


peace



Dino Painting

photo by Takehiro Funabashi


無限の暗闇の中

海面にはまん丸の月が揺れている。



生きるということは、

もう一度自分に生まれ変わりたいと感じること。



こうありたい、こういう風に生きたいという想いを膨らませることではなく、

重い荷物を持ち上げる背筋力をつけること。


険しく細い道路の上を難なく突き進むことではなく、

泥の上を出来るだけ早く泳ぎ続けること。


皆に出来るだけ均一な大きさのパンを配ることではなく、

出来るだけおいしいパンをひとかけらでも食べてもらうこと。


雨上がりの虹の橋をくぐろうと南の空を目指すことではなく、

水たまりに映る雲をヒョイッと飛び越えること。


太陽が昇り沈むように、あたりまえだと思っているルーティーンの中で、

協調性にも優る自分自身という月を手に入れること。




波の音に耳を澄ませ、

視線は遠くへ運んでいる。


波打ち際の泡立つ水に、人間臭さを感じる。


揺れる月の輪郭をなぞりながら、

水平線を想像し灰色の砂浜を東へ向かって歩いてゆく。

最近どうしたことか、

本の栞に対する親近感が掌で転がっている。




物語は進み、

都合のよいところばかりではなかなか区切れないものの、

そこからもう一度読み返すことが出来るようにするために、

数時間前の記憶を頑なに刻んでおいてくれている。






年齢もあるし、実際歩んできた軌跡もあるが、

ふらりとした人生をてくてく歩いていると、

やはり両親を始めとする家族には後ろめたい気持ちがいくらばかりかあり、

実家に帰省するよっぽどの口実でもない限り、

一人暮らしの忙しさを武器にひたすら次回への繰り越しを


行ってしまったりするものである。




然しながら、父親の手術とあっては、

それが1~2時間の簡単なものであっても、

帰省の十分な口実となり約1年半ぶりに


安曇野松川の地を踏んだのである。




空は澄んでお陽さまは手が届くほど大きく、

青の香りを運ぶ風が、幼いころの記憶を一瞬だけ呼び覚ます。




いつの日か、鏡の中に映るもう一人の自分の存在を知り、

右に動けば左に動き、左に動けば右に動くことがなんだかもどかしくて、

前後左右の中にフェイントを入れたりしてみたが、

相変わらずのすばしっこさで難なく付いてこられていた。

或いは、あいつだけが自分のないなくなった鏡の中で、

一人残って普段は絶対にしないしぐさを数回試して


去っていっているのかもしれない。




時折出かける真夜中の散歩道は、自分が揺れると月も揺れ、

目の前にそびえたつビルも街の明かりも一緒に揺れて、

車のテールランプだけが揺れることなく真っ赤な小さな点となって


生まれては消えを繰り返す。




ここにこうして記すこの一文字ゝについては、

日記でもなく、

ミステリー小説でもなく、

純文学のようでもなく、

歩いた後には足跡や記録となる文字が刻まれるでもなく、

なにかとても香ばしい燃えカスにも満たない


煙の塵の様であるのかもしれない。




揺れるごとに大気に散乱し上昇する。

やがて、雲まで届くと他の塵と見分けはつかなくなり、

雨になって地上に降り注ぐ。




いずれ大輪とは言わずとも、

野に咲くありきたりの雑草の

春先のほんの少しばかりの栄養素の一片となり、

地に根を生やす手助けをするようになるだけなんだ。




開いていた掌を握りしめ、

物語の次のページを捲る。




栞に描かれた夕日は、

明日への道しるべ。