哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る -8ページ目

人生を哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る


なぜ人はプライドを持つのだろう


辞書では、「プライド=誇り、自尊心」らしい


自分としては、


肯定的にいえば信念だと思う


否定的にいえば、こだわりだと思う




やはり、生きていく上で信念は必要かもしれない


自分の心の中にルールがあって、それを守って生きるのは、すばらしいと思う


自分が生きていく上で、自分らしさを守るために必要だろう


しかし、こだわりについては、そこまで必要ないのかもしれない


あくまで、その人の価値観だ


個人的に、ただこだわってるなら何も言う事はないが、人を巻き込むとなると問題だと思う


例えば、鍋奉行と呼ばれる人がいるが、自分のこだわりを人に押し付けてるだけだと思う


もちろん、その人からすれば、おいしい食べ方を推奨してるのだろう


しかし、相手の気持ちを理解しようとするのではなく、自分のルールを人に押し付けてるのは問題だ


相手の気持ちより、自分のエゴとも言えるだろう




プライドも大きなものから、小さなものまで様々だ


必要なプライド=信念


必要ではプライド=こだわり


自分はこのように解釈している


もちろん、信念を人に押し付けることもある


しかし、その人が生きる上でとても大事にしていることは、主張してもいいのかもしれない


その人にとっては、人生を賭けた大勝負だ


それぐらいの覚悟があるのなら、自分としても、嫌な押し付けとは思わない


誠意のこもった言葉として受け止める


必要のないプライドは、自分一人で楽しむのが好ましいかもしれない


こだわりは、相手にとっては、どうでもいいことだからね




自分のこだわりを人に押し付けるケースは、そのこだわりに対して断定的態度だからと思う


誰でも自分勝手な考え、やり方を、威張られたらいい気分はしないだろう


自分のこだわりを信じて病まないのは理解できるが、相手にも同じくこだわりがある


自分のこだわりを主張する前に、相手のこだわりを理解するのが必要だと思う


理解が難しいなら、素直にお願いするのがいいね


そうすれば、相手も悪い気はしないだろう


必要なプライドと必要ではないプライドは、区別が難しいのも事実かもしれないね


最後まで読んでいただきありがとございます^^

人生を哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る

よく自分は存在価値がないとか思う人がいるだろう


そもそも価値とはなに?


要は値打ちがあるかないかってことね


値打ちって、誰が決めるんだ?


人が決めるんだね


あくまで、人間の価値観の中での価値ね


人間の価値観っていっても、人それぞれだから、人によって価値が違う


こっちからすれば価値があるけど、あっちからすれば価値が無い


豚に真珠ということわざがあてはまるだろう


実に曖昧であり、複雑だ


じゃあ、自分の存在価値がどうかなんて、自分の価値観の中のものでしかない


実に主観的なものだ


よく、老人が「俺らがこの世の中を作ってきた」と自慢げにいう


しかし、こんな不況の世の中を作ったのも事実だ


世の中には逆説がついて回るのが常だ




そう考えると、存在価値があるかどうかではなく、存在してるから価値があるものと考えることができるかもしれない


すべての存在してるものには価値があるのだと思う


結局、存在しなければ何もない


存在しなければ、存在価値の有無を考えることすらできない


それを考えることができる、価値ある存在と考えることもできると思う





人間社会の価値で、基準となるものはお金だ


要は、お金になるかどうかで価値が判断される


しかし、お金なんざ経済が崩壊すれば紙切れに等しい


お金はほしい物を得るためのツールだ


要は物に価値があることになる


物こそ人によって要る要らないがはっきりしてくる


その人によって価値が違う




人間も同じではないか?


人によって必要かどうか違うだろう


人にも言えることだが、自分は何の役に立ってるかわからなくても、複雑に絡み合って生きてる世の中じゃ、どこで役に立ってるかわからない


例えば、働いてない人


働いてなくても消費をする


何かを食べたり、いろいろ生きてく上で必要なものを買う


そうすることで、店の利益が発生する


その店の従業員の生活に結びつく


今度はその従業員が消費する


そういう連鎖で世の中成り立っている


消費が減れば、生産出来なくなり価値を生めなくなる


米の減反がいい例だ


価値を生めなければ経済規模も小さいものとなる


そう考えると、すべての人間に価値があるのではないか?


今の不況も物が溢れ、価値を生めなくなくなったからだと思う


要らないのに作っても仕方が無いからね


人間がいるほど価値を生むことができる


そう考えると人間一人ひとりに価値があるってことだね


働かざるもの食うべからずっていうけど、時代錯誤だ


働かない人が食わなくなって死んでしまえば、経済規模が小さくなり、それこそ恐ろしい不況になる


需要が減ることで、働きたい人も働けなくなり、働かない人間になる


働かない人間になって死んでしまえば、人間がどんどんいなくなる


自給自足の生活が出来る人だけ生き残る


働かざるもの食うべからずって言葉は、自給自足の生活で当てはまる言葉だろう


現在の経済大国では通用しない


仮に年金受給者、生活保護などの人が全員いなくなれば、そういうことになるだろう


経済大国では人間の数が多いほど、価値を生むことができるからね


価値をたくさん生むことができれば、大量生産のコストパフォーマンスがよくなり、豊かな国になると思う


また、働けない人でも医学の発展などにより、いつか働けるようになったり、なんらかの価値を生み出せるようになる可能性がある


そこに可能性という価値がある


存在しなくなれば、その価値を失うことになる




家族単位で考えると話は別だ


働けなければ価値を生むことができずに消費ばかりするだろう


しかし、自分の祖父母やペットに価値を求めるだろうか?


そこには価値ではなく、愛と呼ばれるものがある


愛もまた主観的なものだが、その人にとってはなくてはならないものだろう


表現するなら、無限大の価値だろうね


それこそ、存在してることに価値があると言えるのではないだろうか?



最後まで読んでいただきありがとうございます^^


人生を哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る

よく動物は去勢をされる


豚とかの家畜の場合、肉質をよくするため


犬や猫はおとなしくなるため


人間も昔は、宦官とか、古代中国の宮廷に使えるものは、皇后などに悪さをしないように去勢されていた


今の世の中はどうだろうか?


性犯罪がよく起きる


性犯罪を犯すものには、去勢したほうがいいのかもしれない


悪さを根本的に絶つためだ


また、性欲が強い人も、希望者にはほどこしてあげるのがいいのかもしれない


自他共に、地獄を見ないために




しかし、現在は、ある意味では若者の多くが男女問わずに去勢されているようなものだと思う


現在は、核家族化が進み、また、少子化のため一人っ子が多く、安全第一で都合のいい子に育てられるだろう


まさに、男女問わず心理的去勢だと思う


昔の子供は、山や川や野原で遊び、本能を活用しながら育ったことだろう


しかし、今はどうか?


ほとんどが、親の手厚い保護のもと、危ないことはさせないというのが現状だ


また、自然も減ってきており、本能的な遊びといえば、ゲームでモンスターを倒すバーチャル的な狩りだ


女性もおままごとじゃなく、SNSなどのインターネットを介するつながりだったりする


なんか、今時の子供を見ると、勢いというか、棘な無くなったような気がする


人間らしさというか、人間臭さというか


作られた、または、良くて手なずけられたという感じの人が多い


手なずけるほうは、おとなしくて都合がいいのかもしれないが、手なずけられるほうは、人間として動物としての本能も、去勢されているように思う


まさに、心理的去勢だ


時代の流れがそうなのだから仕方ないのかもしれない




その時代によって、正義が違う


100年ほど前は、戦争で天皇のために外人を殺すのが正義だった


今からでは考えられないが、やはり、その時代、その国によって正義が違う


今は、こんな時代で、いかに本能を抑えるか、理性を強くするかが問題なのであろう


暴力など、性犯罪に対する、世の中の見方、規制も厳しい


もう、人間らしい人間、本能的な人間になるなと教えているようなもんだ


世の中の秩序、平和のために




まさに、今の若者は世の中の秩序、平和のために去勢されたペットと同じなのかもしれない


やはり、勢いも失い、傷つきやすく、抵抗力がない傾向にある


全員が全員ではないけどね


ゆとりと侮辱される世代だが、そのゆとりを作ったのはこの世の中、政治家たち、政治家を選んだ国民全部だ


これからますます、心理的去勢は増えるかもしれない


人間らしさが大事か、世の中に対する都合の良さが大事か、考えなければならないことではないだろうか。


これからの若者本人達の幸せのためにね



最後まで読んでいただきありがとうございます^^