なぜ人はプライドを持つのだろう
辞書では、「プライド=誇り、自尊心」らしい
自分としては、
肯定的にいえば信念だと思う
否定的にいえば、こだわりだと思う
やはり、生きていく上で信念は必要かもしれない
自分の心の中にルールがあって、それを守って生きるのは、すばらしいと思う
自分が生きていく上で、自分らしさを守るために必要だろう
しかし、こだわりについては、そこまで必要ないのかもしれない
あくまで、その人の価値観だ
個人的に、ただこだわってるなら何も言う事はないが、人を巻き込むとなると問題だと思う
例えば、鍋奉行と呼ばれる人がいるが、自分のこだわりを人に押し付けてるだけだと思う
もちろん、その人からすれば、おいしい食べ方を推奨してるのだろう
しかし、相手の気持ちを理解しようとするのではなく、自分のルールを人に押し付けてるのは問題だ
相手の気持ちより、自分のエゴとも言えるだろう
プライドも大きなものから、小さなものまで様々だ
必要なプライド=信念
必要ではプライド=こだわり
自分はこのように解釈している
もちろん、信念を人に押し付けることもある
しかし、その人が生きる上でとても大事にしていることは、主張してもいいのかもしれない
その人にとっては、人生を賭けた大勝負だ
それぐらいの覚悟があるのなら、自分としても、嫌な押し付けとは思わない
誠意のこもった言葉として受け止める
必要のないプライドは、自分一人で楽しむのが好ましいかもしれない
こだわりは、相手にとっては、どうでもいいことだからね
自分のこだわりを人に押し付けるケースは、そのこだわりに対して断定的態度だからと思う
誰でも自分勝手な考え、やり方を、威張られたらいい気分はしないだろう
自分のこだわりを信じて病まないのは理解できるが、相手にも同じくこだわりがある
自分のこだわりを主張する前に、相手のこだわりを理解するのが必要だと思う
理解が難しいなら、素直にお願いするのがいいね
そうすれば、相手も悪い気はしないだろう
必要なプライドと必要ではないプライドは、区別が難しいのも事実かもしれないね
最後まで読んでいただきありがとございます^^


