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人生を哲学的・心理学的に思考・追求し、意味・理由・本質を探る


「若者からは長い未来、老人からは短い過去」という言葉を聞いたことがある


それほど人それぞれ時間感覚に隔たりがあるんだね


東日本大震災で、5日間停電断水を経験したが、うちの祖父が「とても長く感じた」と言っていたのを思い出す




また、楽しい時間はあっという間に過ぎ、苦しい時間はなかなか時間が過ぎない


なぜだろう?


これらのことから考えると、精神的刺激が多いほどなかなか時間が過ぎるのが遅いようだ


楽しい時間も刺激的なのかもしれないが、精神的には安定し、心を許してる状態だ


肉体労働や何かに夢中になってるときも、時間が立つのが早い気がする


また、暇な時間が長く感じるのは、考え事をし、心・精神を使っている状態と推測する


人は雑念が浮かぶ生き物なので、暇だと考えてしまい、精神を使ってしまうのだろうと思う


数学の問題を解くときとは別で、感情を含んだ考え方だね




そうすると精神的要因が時間の感じ方に影響するわけだ


なぜだろう?


精神的に刺激があると、感情に大きな影響を及ぼす


感情に刺激が与えられると、そこから多くのことを学ぼうとするのだろう


本能的に、危険や恐怖や苦痛を感じると、命を守るために多くの情報を得る必要があると脳が判断するのだろう


生きるうえで必要な本能なんだろうね


若いときは時間が立つのが遅く、年を重ねると時間が立つのが早く感じるのも同じことが言えるのかもしれない


若いときは、経験が浅くとても刺激的に感じることが多く、年を取ると経験豊富なため刺激が少なくなる


要は、若者は精神的刺激が多く、年寄りは精神的刺激が小さい


前述のとおり、精神的刺激の多い若者のほうが、時間が立つのが遅く感じるのだろう


うちの祖父が、震災時、時間がたつのが遅く感じたといってたのも、精神的刺激が多かった、未経験なことだったからだろう




また、何かを覚えるときも丸暗記ではなく、何かと関連づけると覚えやすいもの同じことが言えるだろう


何か、ストーリーを組み込むことで、感情にも影響を与え、脳に与える刺激が強くなるからだ


生きていく上で、刺激はとても重要なものなのかもしれないね



最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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一生懸命は命がけ、死ぬ気で頑張ることだ


元々は「一所懸命」だったらしい


詳しいことはわからないが、鎌倉時代にご恩に報いるために、領地を命がけで守る奉公からきているようだ


何かを命がけでやることは、簡単なことではない


そして、何かの目的がないとできるものでもない


もちろん、何の目的もなければ、一生懸命になる意味もない




一生懸命は願望に比例するだろう


まず、一生懸命になるまえに、願望を持たなければ始まらない


よく、「何かに一生懸命になれ」と言うが、そのまえに願望を持つことが何よりも大切だ


願望を持つにはどうしたらいいか?


鮮明なイメージが必要だと思う


これを達成できれば、どんなに幸せだろうかと思うことだね


昔、成功哲学に関する本で、イメージングの力は、計り知れないと書かれていたのを思い出す


イメージングによって、無意識(潜在意識)に深く刻み込めば、すごい力でを出すことができるようだ


話は逸れたが、要は、願望さえあれば、何かに一生懸命なれるってことだね


頼まれて一生懸命になることもできるだろうが、それは、相手を喜ばせるなどの願望によるものだろう




また、一生懸命は後悔に反比例するものだと思う


よく、後悔ばかりしている人がいるが、一生懸命になれない人だろう


要は、願望を持つことができないのだと思う


自分はあまり後悔しないタイプの人間だと思う


死ぬ気で頑張ってきたのかもしれない


後悔しようと思っても、あのときは、あれが限界だったと思ってしまう


もっと余裕のある生き方がしたいが、何かを追求したい願望が消えない


これはこれで疲れる


死ぬ前に、もっと余裕のある生き方をすればよかったと思うかもしれないが、「あのときはああするしかなかった」と思うだろう


一生懸命もほどほどが大事なのかもしれない




今を満足して生きることと、願望を満たすために一生懸命になることは、真逆だ


今の世の中は、何かを一生懸命頑張ることを美徳してしているだろう


しかし、今を満足して生きることも大切だ


求めて病まないものがあれば、日々ある幸せを見過ごしてしまうかもしれない


両方を重んずるにはどうすればよいか?


onとoffを切り替えることが大事だろうね


これもまた、訓練だと思う


自分にとっての大きな課題だ



最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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人間誰でも苦労はすると思う


もちろん、個人差があり様々だ


「苦労は買ってでもしろ」ということわざが思い浮かぶ


個人的には、苦労は買ってまでする必要はないと思う


「取り越し苦労」っていう言葉もある


もちろん、苦労が好き、苦労が生きがいなら否定するつもりはない




苦労って何のためにあるか?


それは、学ぶためにあると思う


要は、「苦労は買ってでもしろ」っていうことわざは、苦労した分だけ学ぶことが多いってことだろう


しかし、苦労ばかりの人生で満足だろうか?楽しいだろうか?


やはり苦労はできればしたくない


じゃあ、学ぶ機会が減るんではないだろうか?


自分はそうは思わない


自分は、苦労の数ではなく、1つの苦労からいかに多くのことを学び取るかが、重要だと思う


要は、反省だ




また、苦労によって心が鍛えられるのも事実だ


もちろん、苦労の数が多いだけ、心は鍛えられるだろう


取り越し苦労もそれに該当するのかもしれない


しかし、多ければいいってもんじゃないと思う


問題は、苦労とどう向き合うかだと思う


問題にしっかり向き合うことで、精神力も鍛えられるのはないだろうか?


また、それを解決することが、一つの成功経験になり、自信につながるだろう




生きてる間、苦労は何度も経験するだろう


一生、苦労は尽きないのかもしれない


苦労を買うんじゃなく、経験する苦労から、いかに多くのことを学ぶかだと思う


また、経験する苦労に、しっかり向き合うことが大切なことと思う


量より質と表現できるだろう


そして、その経験を明日に生かし、人生の糧にする




仏教的には、「人生は修行の場」ととらえているらしい


しかし、それも一つの思想だ


苦労から多くのことを学び取り、生かせるようになれば、この世は修行場ではなく、楽園になるのではないだろうか?


苦労を生かすことで、人生よりよく生きていけるのでないかと思う



最後まで読んでいただきありがとうございます^^