誰でも、不安や焦りにとらわれると思う
恐怖の感情にとらわれ、身動きが取れない状態だ
実に主観的な状態だね
そして、どんどん深く深くとらわれていき、あるところまでくると絶望にかわる
そこで必要になるのが、客観的な思考に切り替えることだ
どんどんとらわれていき、絶望するまえに、客観的な思考にもっていき、ストップをかける
しかし、言うほど簡単なことではないのは痛いほどわかる
仮にストップをかけれたとしても、不安なことが頭から離れず、また不安になる
そして、また不安なことを考え始め、結局、深みにはまってしまう
じゃあ、どうすればいいか?
今日が人生最期の日だと思えばいいと思う
不安は、明日、明後日、将来のことを考えるから、危機管理をしようとし、恐怖の感情が生まれ、苦しむものと思う
ならば、それを根本から絶つには、明日はないと思うのがいいかもしれない
明日はないというと、いかにも希望がないと思われるかもしれないだろうが、それもまた、一つの考え方だ
明日がないと思えば、何をするだろうか?
希望ないと絶望するだろうか?
逆に、今やりたいことを精一杯やると思う
今日を精一杯悔いのないように生きると思う
実に冷静に、最期に何をしようか考えると思う
もし、そのような状態になれれば、不安のとらわれから解放されるのではないだろうか
そもそも、不安はある程度、将来が予測できてしまうから生まれる感情だと思う
将来、いや明日も予測できなかったであろう時代が数万年前だ
そのとき、何を思って生きていたのだろうか?
やはり、今このときを生きていたと思う
情報がなく不安にすらなれない
いつ死ぬかも予測できないような状態だったかもしれない
明日、生きてるかどうかもわからない生活、それが人間の原点だと思う
また、失敗すれば死に直結することも多かっただろう
日ごろから、死と隣りあわせで、生きていたのかもしれない
人間なんて長く生きても100年程度だ
100年後は、今生きてる人はほとんどいないだろう
ほとんどが新しい人達に入れ替わる
そして、生まれた瞬間から、死へのカウントダウンが始まっている
もちろん、いつ終わるかもわからない
不安定で短い一生なのが当たり前で、それをなんとかしようとすること自体が、根本的におかしいのかもしれない
今日が人生最期の日と思って生きることは、本来の人間の考え方に帰ることだと思う
それが、自然な人間の心の状態だろう
明日はわからない
今このときしかないと思えば、不安にとらわれる必要もなくなるのではないだろうか?
最後まで読んでいただきありがとうございます^^


