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 日比野くんを見送りしばしボーッとしていたのだけれど、我に返ると
呼ばれてたことを思い出し、急いで石田さんの部屋へと向かった。


 私は上司の部屋の前で2度3度とノックをした。


 ドアが開き、石田さんの顔が見え……中に入るものだとばかり考えていた
のに予想に反して中に入るようにという『どうぞ』という言葉を聞けず
私は困惑した。


 お互い見合うように視線を交わしていたけれど、私はいたたまれなくなり、視線を外して少し下方に落とした。


 上司の紡ぎ出す言葉を待つために。

 ……なのに、何も言葉が落ちてこなくて焦った私は自分のほうから
声を掛けた。


「あの、用事とは何だったのでしょうか?」

「あぁ、ごめん。
 何か俺、勘違いしてた。
 もういいよ、すまなかったね」


「大丈夫です。じゃあ、失礼します」


          ◇ ◇ ◇ ◇


 石田は秋野が立ち去った後、閉めたドアに凭れかかり呟いた。


『一体……何やってんだか、俺は』


 手で前髪をかき上げ目を閉じ、項垂れた。




『石田さん、大丈夫かしら。忙し過ぎて頭の中が整理されてないのかも』

 その日はそんな風に上司の心配をしつつ、百子は自分の部屋へと戻り、
風呂に入って就寝した。



◇思惑

 出張は若い百子でも流石に疲れたけれど、翌日が日曜で随分休息が取れ、
週明けにはかなり疲れも快復していた。


『さぁ、今日も頑張らなくちゃ』と気合を入れて仕事をしていた為、
いつも席にいるはずの黒田がいないことにも気づかずにいた百子に、
これもまたいなかったはずの席についていた石田からふいに声を掛けられ、
一瞬ぽかんとする百子だった。


 だってこれまで仕事以外で話し掛けられたことなどなかったものだから。

 それはこんな台詞だった。



「秋野さんって仕事先の旅館なんかで、男を部屋に入れたりするんだ?」

 何に向けての質問なのか分からずとも、自分にとって恥ずかし気な
質問には違いなく、思わず周囲を見回した。


 誰かに聞かれているかどうかを瞬時に脳が判断した結果のこと。

 幸いなことに皆出払っていてここにいるのは上司と自分だけということは
分かった。


 さて、何でこんな質問を自分に……。

 周りに向けた視線を今度はやや斜め上に向けて百子は考えてみた。




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