18.
" Fishing 釣り"
「釣りって・・あの釣りですか? 」
そう言って小野寺さんは釣り竿を投げ放つゼスチャーをしながら
聞いてきた。
「ええ、その釣りです」
「へぇ~、女の人が釣りって珍しくないですか? 」
「ふふ、祖父が釣り好きな人で幼少の頃からよく一緒に連れられて
行ってました。
実は明日も行こうかと思ってます」
「それってどの辺りに行かれるんですか?
いつも朝は何時頃出発ですか? 」
釣りが好きだなんて話したら、引かれるだろうと思ってたのに
小野寺さんがえらい喰いついてきて笑っちゃった。
私は大抵いつも利用している穴場を彼に教えた。
「お天気が悪くても行きますか? 」
「はい、台風でもない限り小雨ぐらいでしたらカッパ着て
行きますよ」
「へぇ~、ほんとに好きなんですね。どなたかと一緒に? 」
「女友達は残念ながら、釣り好きはいないのでいつも行くのは
ひとりなんですよ。
ただ同じようにひとりで来てる人で何度か一緒になったりして
話する現地での知り合いが3人ほどいます」
暑い中だったけど潮風に当たりながら海を目の前に、この辺で
ぼちぼちお開きにしたほうがいいかな、と思っていたら、以心伝心
したかのようなタイミングで小野寺さんが『暑いですしそろそろ
帰りましょうか?』と、言ってきた。
19.
" Telephone 電話 "
私たちはJRの駅までお互いの仕事の話をしながら歩いた。
話しながら歩いたせいか、あっという間に気が付くと駅だった。
お互い反対方向なので、改札口を抜けた後、別れた。
「桂子さん、じゃあ。また電話します・・さよなら」
彼は手で電話をするジェスチャーをした。
「さようなら、今日はありがとうございました」
お互い手を振り合い、笑顔で最後は閉めくくった。
私はエスカレーターに乗り、心の中で少し嗤った。
小野寺さんったら、電話しますよと私に電話番号も聞かずに
そう言ったのだ。
私に花を持たせる格好の大人の対応だった。
それでいて電話番号を聞いてこないということで、もうこれきりですよ
と正直に私に彼の意図するところを伝えてきていた。
『あっぱれでござる』
気が付くと私は口に出して呟いていた。
不快感はなかった。
そして今日使った自分の時間が惜しいとも思わない。
『知世さん、ありがとう』
自然と彼女に対して感謝の言葉が出たのだった。
小野寺さんに話したからというわけではないけれども
翌日、やはり早朝から私は釣りに出かけた。
最近、以前から欲しかったメタルジグも手に入れてたので
早く使ってみたかったし、昨日の少し非日常的だった特別な時間を
もう一度反芻して、心の整理をしたいということもあって。
いつものように船で渡り、堤防でショアキングする。
岸から軽めのジグを使ってひたすら小雨の中、釣り竿を投げた。
よろしければポチ、宜しくお願いいたします。
書く励みになります。