[1日目]
22:00空港着。換金してホテルへ向かう。マカオの空の玄関口タイパ島からマカオ半島までバスでだいたい20分くらい。雨で肌寒いので、トレンチコートにストール、帽子のスタイル。
ホテルにチェックインし、荷物を部屋に入れると急いで夜のマカオへ。カジノのきらびやかなイメージがあったが、旧市街にはちゃんとノスタルジックな雰囲気が残っていて、古い建物とその隙間からのぞく眩しいネオンビルが私の出会った最初のマカオだった。
ミシュランガイドにも掲載されている「皇冠小館」にてディナー。蝦麺やメニューが読めず鶏肉と間違えて注文したカエルの炒め物などを完食。日本では食べられない異国の味を楽しんだ。
私が小さいときに亡くなったおじいちゃんにそっくりな店主が、魚のすり身カレースープは絶対食べて帰れと言う。大航海時代にポルトガルを出た船が、マカオに来る途中で各地の食材や調味料、料理を取り入れながら、誰もが楽しめる味に完成させたのがマカオ料理。アフリカやインドのスパイス、マレー半島のココナッツ、そして中国料理のテイストも感じられる、まさにそんな優しい味のスープだった。
しかしミートボール大のすり身がゴロゴロ入っている上に、付け合わせがなぜか食パン。サイドメニューとして注文したつもりの我々は、満腹のおなかを抱えてホテルへ帰ることとなった。
[2日目]
9:00にホテルロビーに集合し、いよいよマカオに散らばる30箇所の世界遺産を巡る旅へと出発。スムースなルートで巡れるよう道順が記された地図を片手にゆく。今日はいっぱい歩くので晴れてくれて嬉しい。坂道の多い街は歩く程に体も温まっていく。
1.ギア要塞
我々は「ギア要塞」から逆走していくルートをとるべく、麓のHotelロイヤルに宿泊していた。迷うはずもなかったが、ちょっとした登山が必要。「後ろ歩きして登ると疲れないよ」と教えてくれたトレーニング中のおじさん。なぜか笑いが止まらなくなり、ゲラゲラ笑いながら後ろ歩きしている我々4人組を、人々が不思議そうに眺めながらすれ違っていった。
これから巡るであろうマカオの街の全景を、まず鳥瞰できるのは嬉しい。急な坂だけど頑張って登る。
ん?
この要塞、少し様子がおかしいと思ったら、どうやらこのおじさんの仕業。
天気はやや曇り。あまりピーカンすぎても街歩きにはツライ。心地よい風が汗を冷やしてくれた。
頂上からの眺め。派手で奇抜なカジノホテルの隣に並ぶ、古い室外機のついた高層ビル。そのコントラストが不思議で、どの街にもない風景だった。
次の世界遺産を目指す。誰も地図を見ようとしないのでどうやら私が船長のようだ。タイムリミットは18:00。さんざん歩き疲れた一日の最後にこの坂はきつかっただろうから、一つ目がここで良かったかもしれない。
2.プロテスタント墓地
1821年に作られたマカオで初めてのプロテスタント墓地。
イギリス人画家のジョージ・シナリーやマカオに来た初めての宣教師であるロバート・モリソンなど、静かな環境の中でマカオでは少数派だったプロテスタント教徒が眠っている。
モリソンは聖書の中国語訳を作った人で、墓地の入口にはモリソンに敬意を表して名付けられたモリソン礼拝堂がある。
そのステンドグラスには中国語で「太初有道(初めに世界ありき)」と書かれている。
3.カーサ庭園
墓地に隣接しているカーサ庭園は残念ながら中に入れず。
4.カモンエス広場
徒歩すぐにある市民の憩いの場として親しまれている広場。子供の遊具がないかわりに見たことのない健康器具があり、お年寄りたちに占領されていた。
緑に囲まれ、ダンスや太極拳など皆それぞれの時間を過ごす。
小高い丘になっている為、ランドマークの聖ポール天主堂跡が見渡せた。このくらいの距離感で世界遺産が隣接しているのだ。
5.聖アントニオ教会
1565年にキリスト教徒が最初の布教活動の拠点とした、マカオ最古の教会。
6.モンテの砦
マカオを守るために作られた要塞ということで、高い城壁に囲まれ、ぐるぐると壁に沿って周ることでようやく頂上の砦にたどり着く。
途中ですれ違ったチョッパー。
海抜52メートルの小高い丘の上にある砦。かつて海だった方角へ大砲が向けられていた。現在は埋め立てられ、そこにカジノホテルが林立している。凄まじい発展のエネルギー。
7.旧城壁
16〜17世紀にかけてポルトガル人が築いた城壁。材料はシュナンボーという、土砂、わら、牡蠣の貝殻を混ぜたもので作られていて、頑丈そうだが表面は風化しザラついていた。
8.ナーチャ廟
旧城壁のすぐ隣にある中国寺院。「ナーチャ」とは暴れん坊の男の子で、疫病退治の神様。
実は次の世界遺産はあまりにも巨大なので既に目に入っていたが、お楽しみにとっておいた。
9.聖ポール天主堂跡
かつて「最も美しい教会」と称された聖母教会だったが、火災で焼失し今はファサードのみが残っている。
10.イエズス会記念広場
聖ポール天主堂跡の前の階段を下ったところにある広場。ここから見上げる天主堂跡もまたいい。
地図を頼りに、広場からつづく細い道に入っていく。いろんな出店の誘惑が。
初エッグタルトは、ほんのり温かく卵の味が口一杯に広がる優しい味!疲れもふっとんだ。
11.盧家屋敷
こんな路地の途中にさりげなくあったので、一度通り過ぎてしまった。ようやくたどり着いたにもかかわらず、残念ながら修復中。次の世界遺産へ。
白地に青色で描かれたこのタイルを街中でよく見かけた。アズレージョと呼ばれるポルトガルで16世紀頃から作られていた装飾タイルらしい。
12.カテドラル広場(大堂広場)
13.カテドラル(大堂)
ちょっと歩けば次の世界遺産が見つかるものの、細い小道の先にさりげなくポツンとあったりするので、所々の世界遺産標識が心強かった。世界遺産を観る、というより探す感覚。見つけたときはすごい達成感。「島だ!」みたいな。
ランチはポルトガル料理が味わえるお店「佛笑樓」にて。カレー蟹を期待して入ったのだが、時価らしくめちゃくちゃ高い!あまりにも高いので諦めてハト料理やシーフードパエリアなどを注文。どれも複雑だが調和のとれた味で美味しかった。
14.聖ドミニコ教会
不自然なほど鮮やかなポルトガル統治時代の建物。装飾も見事。
15.聖ドミニコ広場
美しい石畳とヤシの木のある、まるで映画のセットのような一角。
16.仁慈堂
大航海時代の過酷な冒険航海で家族を失った人々を救済するため設立されたアジア初の慈善施設。
17.セナド広場
パステルカラーの建物が並ぶ素敵な広場。
思わず足を止めてしまう石畳のデザイン。
ポルトガル語でカルサーダスと呼ばれる石畳の歴史は古代ローマ帝国時代に遡る。19世紀になって道路舗装として再整備された。
模様の輪郭が角張らないよう細かくカットされた石は、歩くほどに磨かれてキラキラと輝く。すると街がきれいになって人が集まるらしい。
18.民政総署
アズレージョの装飾が美しい。
19.三街会館
パステルカラーで異国情緒たっぷりのセナド広場からすぐの裏道にある、中国式の廟。線香の煙が立ちこめる。
20.ロバート・ホー・トン図書館
大富豪の元別荘で、今は世界遺産にして現役の図書館。見学は自由だが、普通に図書館なので利用者の邪魔にならぬよう厳かに。
中は不思議な魅力の庭園になっていて、とても癒される空間だった。
21.聖オーガスティン広場
広場というほど広くなく、注意して探さないと通り過ぎてしまう。目印の美しい石畳も、少し色あせぎみで気づきにくい!
22.聖オーガスティン教会
別の教会に移されたはずのキリスト像が、いつの間にか自力でこの教会に戻ってきたという、不思議な伝説を持つ教会。
23.ドン・ペドロ5世劇場
東洋で最古のヨーロッパ式社交クラブといわれた場所で、1858年にオペラハウスとして生まれ変わった。中はこじんまりとしたレトロな劇場だった。
24.聖ヨセフ修道院及び聖堂
入り口前まできたものの、修道院内には入れず。
25.聖ローレンス教会
マカオの海で働く者が順風に帰ってくるのを待ち祈る場所として建てられた教会。
26.鄭家屋敷
孫文や毛沢東に影響を与えた思想家、鄭觀應の邸宅跡。敷地面積は4000平方メートルもあり、多い時で300名ほどが住んでいた。
とても魅力的なディテールを持つ場所。西洋の建築手法を取り入れつつ中国建築のセンスがちゃんと活かされているところが素敵。
27.リラウ広場
28.港務局
懐かしいシンメトリーの建物。インドの「フマーユーン廟」を思い出す。なぜ突然ここだけイスラム建築?と疑問だったが、元はマカオの警察部隊を補強するためにインドから派遣された兵士の為の宿舎だったということで納得。
タマネギアーチと規則的に繰り返されるシンプルパターンのデザインが美しい。
29.バラ広場
30.媽閣廟
ここが最後の世界遺産。海を望むお寺だった。仏様に真珠の首飾りが巻かれていて、なんでだろう?と思っていたら、どうやら海の神様を祀るお寺らしかった。拝む人々もまずは海に向かって拝み、そして神様に拝む。ぐるぐる巨大線香があちこちで炊かれ、煙で目が痛かった。
ホテルに戻り21:00に再びロビー集合。リムジンにのって「グランド・リスボア」へ。夜はこうなるのか、というほどネオンで化ける一際目立つ眩い建物。カジノ=ハッピー!カーニバル!みたいなアメリカンな想像をしていたのに、入ってみるとそこは「賭博場」という名の方が似合いそうな雰囲気。「参ります!半か?丁か?」という張りつめた空気が漂っていた。遊び感覚で「1万円だけかけようぜ~」とおちゃらけていた我々は、度胸がないことを散々思い知らされた。コイン1枚3000円で、それが一瞬で消えていくんだから常人の感覚ではない。練習のために併設されているゲーセンが居心地良かったのなんの!大金を擂ったわけじゃないのに、タクシーの中はまるで負け試合のあとのロッカールームだった。
次回へつづく…




















































































































