映画音楽の理想的なミックス(その2) | PENGUIN LESSON

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前回のブログ、あまり体調の良くない時に書いたので、わかりにくかったらごめんなさい。

結局言いたかったことは、録音音楽である以上、すべての音符が聞き取れなければならない。だけど、それを音量フェーダーを動かしまくって達成するのではなく、音量フェーダーはバランスを取った後は動かさず、編曲や演奏によって達成するのが私の理想だということです。

実際のオーケストラを使って録音する時は、作曲する人、パート譜を作る人、指揮をする人、オーボエを吹く人、録音する人……などそれぞれに限られた役割がありますが、打ち込みで音楽を作る時は、作編曲も全ての楽器の演奏もミックスも自分でやるわけですから、全体像を見失いやすいものです。そこで参照トラックを用意し、時々聴き比べて客観的に判断してくなります。

これから紹介する作品は私が作曲やミックスの時の参照点として活用しているものです。楽曲自体が適切に書かれているものを、適切に録音ミックスされた作品です。

まずは何と言っても敬愛するJerry Goldsmithの作品です。どのようなスタイルの音楽も完璧にこなし、生涯にわたって実験精神を持ち続けた作曲家ですが、時代とともに書き方が大きく変わっていきました。特に90年代に入ってからはより短いモチーフを多用し(私は【フェルマータ効果】と呼んでいます)オーケストレーションも一見スカスカに思える書き方になりました。

具体的にはパッド的なコードを書かなくなり、楽器の音色を極力混ぜずに原色を強調しながら多数の副旋律的アイデアを前面に出すようになり、傾向としてはホモフォニックからよりポリフォニック側へとシフトした感じです。そのままの譜面をコンサートで演奏したら不安定だと思いますが、録音においては私にとって理想の書き方です。

80年代から亡くなるまで100作品以上のGoldsmith作品のエンジニアを務めたのがBruce Botnickです。BotnickはGoldsmithと仕事を始めるまではThe DoorsやLoveなどロックアルバムをプロデュースしていました。Goldsmithが「スタートレック」で初めてデジタル録音を試みた時、まだ周りにはデジタル録音の経験のあるエンジニアがおらず、コロンビア・レコードがBotnickをプロデューサーとして送り込んだのが両者の運命的な出会いでした。以降のGoldsmith作品をすべて録音・ミックスしつつ、John Williamsの「ET」やAlan Menkenの「アラジン」なども担当したハリウッドで最も尊敬されるエンジニアの一人になりました。

恐らくそれまでオーケストラ録音を専門としていなかったことがプラスだったのはないでしょうか。エンジニア・プロデューサーとして録音というものの特徴を知り尽くしていながら、オーケストラに対してはその時代の慣習から自由だったため、アプローチが柔軟でした。そして無駄な音を書かないストイックなGoldsmithとの相性が最高でした。

Botnickはオーケストラが1音目を出す前に録音する部屋の特徴に合わせて完璧にマイクを配置し、各マイクのバランスを取り、EQを施した後は、全体の95%は一切録音中にフェーダーに触らないことで知られています。また通常スタジオでの録音では、楽器にかなり近くマイクを設置することで、各楽器の分離を可能な限り得ようとするのですが、Botnickは他の楽器が漏れ入るブリーディングを好み、やや距離を取りました。ブリーディングのお陰で音が太くなるので、音を太くする目的でコンプを使う必要がなくなります。すべて演奏中に最終的なミックスを終えるライブミックスで、演奏が終わった後にバランスを取り直したりはしません。

つまり完成版の音が指揮をするGoldsmithや演奏者のヘッドホンからリアルタイムに聞こえているわけで、(ミックスエンジニアが音量フェーダーを細かく動かすのではなく)作曲者自身が指揮者としての指示によってバランスを整えていきました。

打ち込みでオーケストラ作品を作るとき、その作品の楽器編成を決めた段階で私はテンプレート作りにかなりの時間をかけてバランスやEQを設定しています。その後は、基本的に音量フェーダーには触らず、演奏の時の強弱でバランスを取るようにしています。

Goldsmith & Botnickコンビの作品は、特に90年代半ば以降の作品はすべて参照トラックとしてふさわしいと思っていますが、特に「トゥルーナイト」「ムーラン」「13ウォーリアーズ」「インビジブル」「ネメシス/S.T.X」「タイムライン」などがオススメです。

次回、Goldsmith & Botnick以外の作品で素晴らしいミックスだと感じているものを紹介します。