パパリポパラ
パパリポパラ
あなたの居る世界
ここにもあるあなたの灯りが
わたしの心に届く時
心はパパリポパラ
踊る心と
静かで誰もいない部屋
それでもあなたを想いだけで
心はひとりでににぎやかになる
あなたのことも
わたしのことも
現実を置き去りにして
心は踊り出す
- 前ページ
- 次ページ
日本のバブル真っ只中の時に銀行マンとして働いていた齋藤さんは銀行をはじめ、日本の浮かれた状況に危機感を覚え、この仕組みの崩壊がいずれは来るであろうと考え、更にその上でその時に始末の受け口が日本にない事を知り愕然する。
しかし、周りの銀行の先輩もその事に対して何の疑問も持たないままでいる。気づいた齋藤さんのほうが疑われてしまう。
「この発展と繁栄の時に何を言ってるんだ!?」となる。
それで意を決してアメリカへと渡られるのですが、あの当時銀行マンといえば人も羨むほどのものでそれを捨てて単身アメリカに渡られたのはそれだけでその先見の明の鋭さどころか聡明な着眼に脱帽である。
しかし、その背景には高度成長期のなか一個人の問題など目を向けていられない社会風性で齋藤さん自身もマイノリティの心を抱えて人知れず悩んでおられた。
その悩みが齋藤さんのモラルよりも物事の深層を見つめる心を育まれたのではないかと個人的には思う。
アメリカで学ばれそのままアメリカで会社を立ち上げ投資コンサルタントとして10年以上業績を上げてこられたのである。
どこかの大学教授が書いた本で「世界の秩序がかわる時」の題名ならば読まなかった…。
しかし、そうではなく一般の投資コンサルタントとなれば話しは違う。
実際にアメリカで世界の情勢を見ながら世界を轟かせる投資家たちに助言としてその投資先をコンサルして来たというのはあまりにも凄すぎる。
その齋藤さんが本を書こうととした動機もとても良い。
会う日本人、会う日本人がこれからの日本に対して希望を持っておらず、行く末を憂いている…。齋藤さんにしてみればこれから世界が変わるんだよ、そして、その理由もハッキリしていると言いたい、そして気を落としている場合じゃないこの波に乗るかそるかの時なのに!そしてそのチャンスは大きいと静かなエールを送っておられる。
そのために書かれた本である。
理論整然、そして歴史を持ち入りながらその視線は落ち着いた着眼でした。
「失われた30年」の齋藤さんの解釈もとても良い。
そんな見方をした人、経済学者でも見たことない。
あまりにも面白さに、大学生の娘に薦め、会社の人に薦め、会う人会う人めちゃくちゃ面白いしすごいから読んでみてと鼻息荒く薦めて呆れられています。
もう一度読もうと思ったけれどどうしても他の人に読んで欲しくて上げてしまった。
もう一回買って読もうかなと思っている。
世俗的でしょうに合わないけれど、YouTubeの「積読チャンネル」で紹介されていた宇都宮直子さんの「渇愛 頂き女子りりちゃん」を読んだ。
留置所の面会15分の会話からりりちゃんこそ渡邊真衣さんを通じて事件に迫るもので、被告をとうして見えて来るのものはあまりにも苦しいものでした。
家庭にも居場所を見出せない女性が行き着く先から、自分のどんな形にしろアイデンティティを見出し、そこから有名になりその姿でしか生きられなくなる…。
悲惨といえば悲惨であり、痛ましささえ憶えしまう。
著者が接見するなかで段々と被告の本来持つ人柄に触れて引きずれてしまう部分が何とも人間的でライター自身の心の経歴が露わになっていくあたり、一冊の本の中に人の成長期の側面も見せている。
そこから、被害者、母親、ホストと接見する中で本来のライターとしての本分を思い出して被告に悔悟を問うが被告は、それすらも感じることができぬように見える。
女性としての苦悩、身体を捧げて来たという苦しい胸の内を語る時、そこにはYouTubeで語られたように「一体誰が悪いのか分からなくなる」という側面が浮き彫りになる。
生まれて居場所のない子供は一体何処に行けばよかったのか?
疎まれ、責められ、危険に晒されて学校にも家庭にも居場所のない少女が行き着いた先は何もかも誤った価値観に凝り固まった社会であり、唯一少女が持つものに群がってしまう。
そして、何よりも少女が生き抜くためにとったものがそれしか思いつかなかったという惨状。
読みながら被告の父親の存在がとても心が痛んだ。
娘の部屋に包丁を持ち込まなければならないほど追い詰められた父親は一体何を抱えてしまっていたのか余白に露わられる父親の人生もまた多くの悲しみを物語っているように感じた。