昼間、あれだけ人がいたのに
何も残っていない
同じ道のはずなのに
少しも同じに見えない
夜の町は
死んだように静まりかえっている
物音がない
寒い
夜中の2時
誰もいない
ただ一人
忘れ物をしたように歩いている
さっきまでいたはずの自分が
どこかに置いていかれた気がする
ホテルの部屋で
天井を見ていると
息が上がってくる
閉じている
どこにも行けない
気づくと外に出ていた
月明かりも
街灯も
アスファルトも
昨日とは違う顔をしている
本当に朝は来るのだろうか
振り返る
遠くにホテルが見える
昼間、あれだけ人がいたのに
何も残っていない
同じ道のはずなのに
少しも同じに見えない
夜の町は
死んだように静まりかえっている
物音がない
寒い
夜中の2時
誰もいない
ただ一人
忘れ物をしたように歩いている
さっきまでいたはずの自分が
どこかに置いていかれた気がする
ホテルの部屋で
天井を見ていると
息が上がってくる
閉じている
どこにも行けない
気づくと外に出ていた
月明かりも
街灯も
アスファルトも
昨日とは違う顔をしている
本当に朝は来るのだろうか
振り返る
遠くにホテルが見える
小学生の頃、葉書を書いた。
郵便で配達されることで、わたしと友人が繋がっていく。それがなんだか面白いシステムのような気がして、そのような内容のことを葉書に書いた。
後日、友人二人はその葉書を見て、誤字脱字だらけで何を書いているのか分からないと笑いものにし、大いにわたしを馬鹿にした。
そうか……。
「繋がる」という不思議な仕組みが面白いと思って書いたのだけれど、彼らには奇天烈な内容に見えたのだと悟った。
そして、感情が先に立つわたしの文章には、いつもどこか常識的なものが抜け落ちてしまうのだということも理解した。
昔の家には両親と祖母、そして兄妹六人、わたしを入れて九人で暮らしていた。
部屋は三つだけだった。
広間と四畳半、そして六畳の間があり、その六畳の間は父親の部屋として使われていた。
といっても、どれも共同部屋のようなものだった。
ある晩、ふと気づくと、大部屋では父がテレビを見ている。
その片隅では長女や長男が、それぞれ別のことをしている。
父の部屋には次男の勉強机があり、そこでも次男が照明をつけて何かをしている。
そして四畳半の部屋では、母、祖母、次女、三女、わたしが、それぞれ何かをしていた。
家の中には廊下があり、それぞれの部屋へと繋がっていた。
それぞれの部屋にはそれぞれの空間があり、それぞれの音がしていた。
わたしはトイレに立ち、ふとその音たちに気づいた。
そして、それぞれの独立した灯りを見たとき、意図しない生活の歓喜のようなものを感じた。
ワクワクするような楽しさ。
それぞれの空間にそれぞれの世界があるということの面白さ。
そして、人としての幸福を、なぜか感じてしまった。
その時のような、落ち着いた生活感のある賑やかな家の雰囲気が、また来ないかなと、いつしか夢見るようになった。
しかし、次男や次女は結婚や仕事で実家を出ていった。
すると、前のようなそれぞれの灯りも、いつしか無くなってしまった……。
時々夢を見る。
それぞれの場所で、それぞれの営みを熱心にしている家族の姿を。
何の夢なのか。
何の希望なのか。
わたしにもよく分からない。
しかし、あの時ふっと感じた幸福を思い出すように、心に浮かべている。
そしてそれを、憧憬として見ている自分がいる。
パパリポパラ
パパリポパラ
あなたの居る世界
ここにもあるあなたの灯りが
わたしの心に届く時
心はパパリポパラ
踊る心と
静かで誰もいない部屋
それでもあなたを想いだけで
心はひとりでににぎやかになる
あなたのことも
わたしのことも
現実を置き去りにして
心は踊り出す