僕は今まで、「人としてどうなんだ?」とか「礼儀」とか「感謝」とか論理的・道徳的に考えてわかるような世界に生きてきたけれど、今、そんな世界には生きていないことにだんだん気づいてきた。いくら論理で叫んだって何も変化しないということに。僕自身が頭で考えてわかる世界をいくら押し付けても心の溝が深まるばかり。。教育に携わる僕にとって、時に叱ることは必要。だけど、叱ることで、むしろ負の感情が再生産されていくとしたら、叱ることの有意味性は疎外されてしまう。もっと論理とは違ったところで、発想を転換した向き合い方も必要なのではないかと思ってきた。「叱る」ということが有意味性をもつ世界と持たない世界があり、持たない世界にいるならば、その世界でのうまい付き合い方も学ばないといけない。もちろん、悪に対して迎合するというわけではなく、違った角度から攻めていくということなのだけど。色んな世界がある。自分の生きてる世界・信じている世界だけの論理では通用しない違った世界が広がっているんだ。そんな2つの世界を毎日行き来している。