6歳までの生活環境はパラダイスだったわけじゃないけれど…(むしろ、最低の生活レベル)

とても幸福だったと思う。


昭和30年代の日本があんなもんなんだろう(⌒・⌒)

身にまとうもの(靴以外)や、日用品は全て、父母の手作り。

テレビもラジオも冷蔵庫も洗濯機もない。

家はトタン(今の人にわかる?)と木っ端。

トイレや台所には靴を履いていく。

お風呂はない。

窓もない=出入り口が窓。

寒いときは火鉢。
暑いときは水を浴びる。

薬は苦く、ヨーグルトなんてなかった。

大人は生きることに一生懸命で、10代のお姉さんお兄さん達は、学生の分際を満喫していた。

老人は道に出て通りを監視して世の中を監視する。

私たち幼児は大人に守られていると思いながらも、社会活動に参加させてもらえない疎外感と、半人前の不安定さを堂々と享受できた。

子供の自分が一人前ではないと実感することの幸福度と、

大人社会の成熟度は
比例する。


あのキラキラした未熟な幼児期の安定感。は期間限定だからこそ、余計に刹那に輝く。


清貧で未熟な幼児期から、清貧な少女期に移行するものだとばかり思っていたのに、

あぁ‥それなのに(ρ_;)

突然の引っ越しで私の貧しく満ち足りてた環境は変わる。

トイレもお風呂もある、20坪の小さな平屋の新築のおうちに私たちは引っ越した。
惨めで暗かった生活から脱出を図った母の人生設計。

当然、ローンは重くのしかかり、父母は暗くなった。

今まで夫の家族の中で出来なかっただろう夫婦喧嘩を

おおっぴらに始めた。

守られて平和だった私の未熟な幼児世界は、あっけなく崩壊。

私の周りには完全な大人や老人がいなくなった。

学生時代を謳歌する中学、高校生のお兄さんお姉さんがいなくなった。

私は一人で見本なしに、大人になることを強いられた。

この苦行はいつか終わる。

今度は私が、成熟した大人になって、人生を満喫するのだ。




私の完璧な幼児期は、大人が自らの人生に不安を抱えなかった時代だったんだなぁ。



物質的な充足感を子供たちに与えるのではなく、子供の分際を充分に認識させてあげる。

親がこれ以上アダルトチルドレンを作らないために。

子供がしっかりと大人へ脱皮できるように。