染織家の志村ふくみさんの随筆集を読んでいます
その中の「一条の煙」を読んでいたら涙が止まらなくなりました
志村さんが年老いた母親のところへ介護のために週末になると通っていました
母親とのエピソードが綴られ
そして、死を迎えた場面です
こんな年になって、天寿を全うした母をこんなにもいとおしく思うとは、全く思いがけなかった。
わかいときに母をなくされた方はどんなであろうと思い、年齢とは関係ないのかと思う。老いて病み、枯れてゆく人間のあわれさ、いとおしさを身をもって示していったのだろうか。この世に生のある母と、その母を看取る子のかぎられた時を、今は千万の重みとして、近江に通った幾度かをなつかしく思う。
最後の昏睡に入る直前、物を言わず、じっと食い入るように私を見つめたその眼を、最後ともしらずにいた他愛のなさ、むごいほどに老いてゆくあわれさを、身一つに抱えて死に近づいていることを目前にしながら、その棺をおおうまでは、決してみえていなかった。突然幕が下ろされ、白日の下にその人をみることのなくなったその時から、実は本当にその人をみるのだった。空洞が日増しに深く、その人とのかかわり合いの深さを身に刻んでゆく。(『語りかける花』より)
大切な母を失う悲しみは、昔も今も代わりがないのですね。志村さんの綴った文章が、まさに今の私。最後に私を見つめていた眼が忘れられない。限られた時間だと分かっていたのに、ずっと側にいられなかった自分がかなしい。
今晩も、家に一人、何をするでもなく、本を読み始めて開いたページが、この随筆でした。
母からのメッセージかな。

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その中の「一条の煙」を読んでいたら涙が止まらなくなりました
志村さんが年老いた母親のところへ介護のために週末になると通っていました
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そして、死を迎えた場面です
こんな年になって、天寿を全うした母をこんなにもいとおしく思うとは、全く思いがけなかった。
わかいときに母をなくされた方はどんなであろうと思い、年齢とは関係ないのかと思う。老いて病み、枯れてゆく人間のあわれさ、いとおしさを身をもって示していったのだろうか。この世に生のある母と、その母を看取る子のかぎられた時を、今は千万の重みとして、近江に通った幾度かをなつかしく思う。
最後の昏睡に入る直前、物を言わず、じっと食い入るように私を見つめたその眼を、最後ともしらずにいた他愛のなさ、むごいほどに老いてゆくあわれさを、身一つに抱えて死に近づいていることを目前にしながら、その棺をおおうまでは、決してみえていなかった。突然幕が下ろされ、白日の下にその人をみることのなくなったその時から、実は本当にその人をみるのだった。空洞が日増しに深く、その人とのかかわり合いの深さを身に刻んでゆく。(『語りかける花』より)
大切な母を失う悲しみは、昔も今も代わりがないのですね。志村さんの綴った文章が、まさに今の私。最後に私を見つめていた眼が忘れられない。限られた時間だと分かっていたのに、ずっと側にいられなかった自分がかなしい。
今晩も、家に一人、何をするでもなく、本を読み始めて開いたページが、この随筆でした。
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