染織家の志村ふくみさんの随筆集を読んでいます
その中の「一条の煙」を読んでいたら涙が止まらなくなりました

志村さんが年老いた母親のところへ介護のために週末になると通っていました
母親とのエピソードが綴られ
そして、死を迎えた場面です

 こんな年になって、天寿を全うした母をこんなにもいとおしく思うとは、全く思いがけなかった。
わかいときに母をなくされた方はどんなであろうと思い、年齢とは関係ないのかと思う。老いて病み、枯れてゆく人間のあわれさ、いとおしさを身をもって示していったのだろうか。この世に生のある母と、その母を看取る子のかぎられた時を、今は千万の重みとして、近江に通った幾度かをなつかしく思う。
 最後の昏睡に入る直前、物を言わず、じっと食い入るように私を見つめたその眼を、最後ともしらずにいた他愛のなさ、むごいほどに老いてゆくあわれさを、身一つに抱えて死に近づいていることを目前にしながら、その棺をおおうまでは、決してみえていなかった。突然幕が下ろされ、白日の下にその人をみることのなくなったその時から、実は本当にその人をみるのだった。空洞が日増しに深く、その人とのかかわり合いの深さを身に刻んでゆく。(『語りかける花』より)

大切な母を失う悲しみは、昔も今も代わりがないのですね。志村さんの綴った文章が、まさに今の私。最後に私を見つめていた眼が忘れられない。限られた時間だと分かっていたのに、ずっと側にいられなかった自分がかなしい。
今晩も、家に一人、何をするでもなく、本を読み始めて開いたページが、この随筆でした。
母からのメッセージかな。



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私が実家を出て一人暮らしを始めたのが11年前です
すでに母は隠居生活を送っていました

といっても かなりアクティブでボランティア仲間と出かけたり
海外旅行も楽しんでいました

姉が言うには
「ペナコが引っ越したとき、ちょっとおかしくなっていたのよ。
 あの家は、よくない。よくない。だまされている。」って。
落ち着かなかったようです

引っ越して半年ほど立ったとき…。
仕事帰りの横浜駅の地下街で母を見かけたことがあります。
声をかけなかったのですが(かけられる雰囲気ではなかったのです)
一点を見つめて、まるで別人のような形相でスタスタ歩いていました

ちょうど、この頃父が言うには
毎日、夕方になると出かけて行って、ご飯も作らずに、夜買い物をしてかえってくるんだって

母は何よりも料理が好き
なのに、買い物をして帰ってくるだけと

父はかなり困っていたようですが
私たちもあまり気にしていませんでした

そんなある日の夜、母から電話が入りました。
「横浜に買い物に来たけど、歩けなくなった。今、事務所で休んでいるから、迎えに来てほしい」と。
慌てて迎えにいったところ、車椅子に乗った母がいました

両足がつって歩けないほど痛いと訴えます

体のこわばりという症状が出始めていました。
このこわばりは度々母を悩ませていたようです。

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母の納骨も無事終わりました
徐々に母がいない日が日常となってきましたので
忘れないうちに 母の認知症、母の病について記録をしておことおもいます

母がアルツハイマーと診断されたとき
何の知識もなくて信じ込んでしまい、母を苦しめることになりました
妄想や幻視に悩まされた日々
いろいろなところで相談をしましたが
結局は「愛情を注いであげてください」「お母様はさびしいのよ」とありきたりのことを言われて
よけい家族は苦しみました

そんなときに出会ったのがブログでした
介護、現在進行形の方々のブログを読み、もしからした?と思うことも多々あると同時に勇気づけられました

だから、母の症状を書き留めておくことや
それから どうやって対応したかを書き留めることで

もしかしたら いつかお役にたつことがあるかもしれないので
気の向くままに書いてみようと思います

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納骨式が終わって
母の遺骨がなくなった我が家の居間を模様替えしてみました

母の遺影をどこにおこうか 悩んだんですが
窓際にしました

日が当たってしまうけど
母の大好きな 空を少しでも感じられる場所にしました

通販で購入したコンソールテーブルの周りにお花をおいて
母の写真をおきました

父は母の写真の横で
今日は相撲を見ていました

時折、横を向いては
「おかあさん、お花がいっぱいあっていいね」って声をかけています

昭和一桁男子の父、以前は
「花なんて 食えないものは無駄だ」って花好きの母に言っていたのに
いつの間にか お花を見ると 母に話しかけるようになっています

父の優しさが感じられる日々です



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母の大好きな青空を
最後に見せてあげたかったのに

今日はどんよりした曇り空でした

早起きしてしばらく母の側に一人で座っていました

「手紙」(樋口了一さん)を聞きながら いろんなことを思い出していました
年老いた私が ある日 今までの私と 違っていたとしても
どうかそのままの 私のことを 理解して欲しい
私が服の上に 食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを 教えたように 見守って欲しい


 おかあさんは、急に変わってしまいましたね
 どうしてなんだろう って理解できずに苦しめてしまいましたね
 まさか あんな認知症があるなんて知らなくて
 違ってしまったことが許せなくて 許せなくて
 本当にごめんなさい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も 繰り返しても
その結末を どうかさえぎらずに うなずいて欲しい
あなたにせかまれて 繰り返し読んだ絵本の あたたかな結末は
いつも同じでも 私の心を 平和にしてくれた

 おかあさんが、いつかたくさん野菜やレモンを買い込んでいたとき
 電話で話した内容を何度も繰り返したとき
 面倒くさいって思ってしまった
 本当にごめんなさい

悲しいことではないんだ 消えて去って行くように 見える私の心へと
励ましの まなざしを 向けてほしい


楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを いやがることきには 思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたと お風呂に入った 懐かしい日のことを


 お風呂が嫌いになったお母さんは
 何日も同じ服来てたなあ
 新しいのを買ってあげても 駄目だったなあ
 「お風呂なんてはいらなくたって死なないよ」なんていってましたね
 一年目の冬、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入れたのが最後になったね
 ずいぶんいやがってたけどね

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ 出来なくなるかも知れない
足も衰えて 立ち上がる事すら 出来なくなったなら
あなたが か弱い足で 立ち上がろうと 私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの 手を握らせて欲しい


 おかあさんが 歩けなくなり 立てなくなり
 そして食べられなくなったとき
 お姉ちゃんと二人で一生懸命に手を握ったよ
 おかあさんの手、おおきくてあたたかかったね
 いくつになってもお母さんの手だって 二人で話してたんだよ

私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと 思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力が ないのを知るのは つらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを 持っていて欲しい

きっとそれだけで それだけで 私には勇気が わいてくるのです
あなたの人生の始まりに 私がしっかりと 付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添って欲しい


 おかあさんが 弱っていき 寝たきりになったとき
 悲しかったけど それでも目と心で話ができていたから
 幸せだった 精一杯やったよ
 昔、ちょっとだけ看護師さんに憧れた時があったの知っているよね
 でも、あきらめた夢
 おかあさんが 最後にちょっとだけ夢を叶えてくれたんだっておもっているんだ
 吸引や注入など、ナースのお仕事ができたんだ
 苦しい思いさせたけど
 おかあさんのおかげで いろんなこと経験できたし
 これから先 いろいろな人と接するとき 私の強みとなるはず
 本当にありがとう

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛を 持って笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ


 わたしも 愛してます
 この世に生を与えてくれて ありがとうございました
 お父さんのこと 大切にするよ


11時から始まった納骨式

最後に「ありがとうございました」って伝えたけど
聞こえたかな







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